データ消失

[ 機械の中の動かない過去より、こうして騒がしく動いていく毎日が愛おしい。 ]



「ぎゃ―――!!!!!」

 突然室内に悲鳴が響いた。
 なんだ!?、とフリオニールが振り返れば、ティーダが顔面蒼白な顔をしてわなわなと震えていた。
 これはただ事じゃない。
 そう感じたフリオニールは、慌てて課題を放り出すと、依然震えているティーダへと近付いた。

「ど、どうしたんだ、ティーダ」

 覗き込むようにティーダを見れば、ティーダは震えたままフリオニールを見た。
 その瞳は涙で潤んで、今にも零れてしまいそう。

「フリオぉ…」

 どうしようどうしよう。
 そんな声すら聞こえてきそうな、縋るような声。
 ティーダの滅多に無いそんな様子に、フリオニールもどうして良いか分からなくなる。
 意味もなくわたわたしながら、ティーダの次の言葉を待てば。

「データ、間違えて消しちゃったッス!!」

 は?、とティーダがずいっとフリオニールに差し出した携帯を見れば、マイピクチャに『イメージがありません』の文字。

「………はぁ」

 フリオニールはゆっくりと溜息を吐いた。

「あ! 今それくらいで騒ぐなとか思っただろ!?」

 キッ、とティーダがフリオニールを睨む。

「大事な試合のフィールドとか、チームのみんなの顔とか、全部全部、撮ってた奴全部が消えちゃったんッスよ!?」
「そう言う大事なものならちゃんと考えて消去ボタンを押せ。もしくは、パソコンに送っておくべきだったな」

 冷静になったフリオニールは冷たく正論を吐いた。
 ぐっと詰まるものの、ティーダは尚も言葉を重ねる。

「わ、分かってるッスけど! 元々入ってる要らないで、デコ、ピクチャ…?、って奴を消そうと思ってそのフォルダの上で消去って押したら、なんでか暗証番号聞かれて、可笑しいな、とは思ったんスよ!? でも全消しだからそんなもんなのかなって暗証番号入力したら…!!」
「全部消えたんだな」
「そうッス――!!!」

 しかもしかも、肝心のデコピクは健在なんスよ!!
 要らねぇっての――!!!

 わんわん泣くティーダの様子に、またフリオニールは溜息を吐いた。
 まぁティーダのおっちょこちょいは良くある事だし、それに今回はやってみたらダメだったという、仕方のない結果だったのかも知れない。
 そう思う事にして、フリオニールはまだ泣き続けるティーダの頭を優しく撫でた。

「あー泣くな泣くな」
「ぅっ、…だって…ぜ、全部、ッ、消えちゃった…!」

 まるで子どもの頃に戻ったようだ。
 フリオニールはふとそう思い、柔らかく笑む。
 今よりもっともっと小さい時、よくこうして泣いていたティーダ。
 けれど何時からだろう。
 そんな事は徐々に徐々になくなって、少しだけ、淋しくなった。
 ティーダを泣き止ませるのは何時だって自分の仕事だった。
 色々な手を考えて、コツだってつかみかけていたのに。
 その奥義を修得する前に、ティーダは泣く事を止めてしまって、代わりに笑う事が多くなった。
 それはそれで良かったから、フリオニールは寂しさを抱えながらもその笑顔を大切にしたいと思っていた。
 そんな今になって、またこうしてこんなティーダと出会うなんて。

「ティーダ」
「ん…ッ、…うぅ…」

 呼べば、頑張って答えようとするティーダ。
 けれど涙がそれを許さなくて、ごしごしと擦ろうとする手をフリオニールは掴んで止めさせた。
 その、代わりに。

「―――ン」

 唇で、涙を掬う。
 両目の目尻に唇を押し当てて。
 そうして顔を離せば、びっくりしたようなティーダの顔。
 薄く笑えば、頬は明かりを灯したように紅くなって。

「な、ななななななッ!?」

 くすくすと笑う。
 そんなティーダの純粋な表現が面白い。

「あれ? 覚えてないのか」
「ななななな何を!!?」
「昔は良くこうしてお前を泣き止ませたものだったんだが」

 あの頃はこんな反応はしなかった。
 ただびっくりしたように大きな瞳をもっと大きく見開いて、その次に、にこぉ、と笑ったのだ。

「その後に、もう一回、って強請られた事も数回じゃなかったな」
「うわーうわーうわー…!!」

 はっずかし何その話…ッ!!

 茹で蛸のようなティーダの顔。
 触れば本当に熱くて、フリオニールはたまらず爆笑した。

「の、の、のばら~~~~ッ!!!」

 喚くティーダ。
 笑うフリオニール。
 それは嘗てとは違うけれど、それでも何処か、優しい情景で。

(お前の写真なら全部俺の携帯にもそっくりそのまま入っているだろ、とは、今は言わないでおこう)

 このままで。
 このままで。
 後暫く。
 この、ままで。

(それは夢にまで見た、穏やかな光景に似て)





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 20100402
〈「これが実話ってところが恐ろしいッスね!」〉





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