#EBF6F7
[ 涙色の流れ星 ]ざわめきが広がる。
何を聞けばいいのかも言えばいいのかも分からないまま。
ただ、夜が広がる。
「ティーダ…」
チャイムが鳴って扉を開ければ、其処にはスコールとジタンが立っていた。
何故来た、とティーダは問わず、そして彼等もまた言わなかった。
笑顔を交わす事もなく、ティーダが彼等に這入れと言うように扉を広く開ければ、二人は黙って這入ってきた。
そして今、三人は寝室でそれぞれの場所に座っていた。
何を言っていいのか分からなくて、けれど何かを言いたくて。
そんな沈黙が場を支配していて、声を出し辛い。
けれどそれを、ベッドの縁に座って居たティーダが破った。
「……全部、忘れちゃったって事かぁ…」
聞いた時の切なさは、何とも言い難くて。
言葉にすれば、それは余計切なかった。
けれどティーダは敢えて噛み締めるようにゆっくりと言った。
頭の後ろで手を組み、ベッドに倒れ込む。
それを、スコールとジタンが静かに眺めていた。
「あんだけ、遊んだのになぁ」
この荘の中で彼と一番親しかった自信はある。
互いの部屋には何時ふと泊まりに行っても困らないように、お泊まりセットのような物を置いてるくらいだ。
休日だって何か用がなくとも行き来していた。
外に行くのだって、一緒だった。
そして、寂しい時、哀しい時、ティーダは何時も彼の傍に居た。
彼は何も言わない、それでもただ、沈黙の中、触れ合わないままで、受け入れてくれた。
騒がしい時も静かな時も、二人は一緒に過ごしてきた。
ティーダは彼が好きだった。
一緒に居て苦しくない、年上の人。
自分の勝手な言い分も行為も、優しく笑ってくれて許してくれる人。
そして、ちゃんと叱ってくれる人。
なのに、その全てを忘れたと言われた。
今まで築いてきた信頼も好意も関係も、全て全て、無くしたのだと。
行き場のない苦しさも悔しさも哀しみも、ティーダの心を苛んだ。
天井の模様が滲む。
だから、瞬きはしなかった。
また沈黙が降りて、そして次にそれを崩したのはジタンだった。
「…明日、どうしたら良いんだ…?」
明日、フリオニールが帰ってくる。
そう言われたのはみんなが自室に戻ろうと腰を浮かしかけた時で、そう言ったライトはずっと無表情を崩さなかった。
『精密検査は終わっている。異常はないし、怪我も浅い。それにこういう症例の場合、敢えて元の生活に戻す方が効果的だと医者が言っていた』
セシルもそれに頷いた。
セシルはずっと苦しげな顔をしていて、それは恐らくフリオニールを最初に見付けたのが彼だからで、だからこそみんなはセシルの様子に不安を抱かずには居られなかった。
繊細なセシルの事、と言い切ってしまうには、今回は事が重い。
むしろ、年上である事を自覚し、常に冷静であろうとする彼がみんなの前であぁいった表情を見せた事に、不安が募った。
セシルでさえあぁなのだ、なら、自分は…、と。
だからそう言ったジタンに答えたのは。
「……何時ものように、迎えてやれば良い」
黙ったまま壁により掛かっていたスコールが、視線を落としたまま呟いた。
「何時ものように、フリオニールにおかえりと言ってやれば良い」
それで何かが変わらなくとも、何かを、思い出さなくとも。
フリオニールの為に出来る事は何でもするべきだろう。
そう言ったスコールは、不意に笑った。
「……いや、そうじゃないな」
「スコール…?」
自分の言葉を自分で打ち消したスコールを、ジタンは心を騒がせながら呼ぶ。
そして零された言葉に、息を、呑んだ。
「フリオニールがもしこの荘での事を忘れたくて忘れたのなら、俺達が記憶を戻そうとするのは、要らぬお節介にも成り得る…」
フリオニールの為、なんて。
結局、自分が思い出して欲しいからなのに。
「……そんな、フリオニールが忘れたくて忘れた、なんて…」
「ないと言えるか?」
ジタンは口を噤む。
外的要因で記憶を失う事もあれば、内的要因、つまり、自分から世界を閉ざしてしまう場合もあるのだとは知っている。
それでも。
「……フリオニール」
信じたくない。
そんなのは、嫌だ。
あの笑顔が嘘だなんて。
あの優しくて温かい笑顔が嘘なんて。
思いたく、ない。
「……何れにしろ、オニオンが言ったように、原因は誰にも分からない。邪推するのは、もう止めよう」
スコールのその言葉を最後に、また部屋は暗い静寂に包まれた。
スコールは何かを想うように目蓋を伏せ。
ジタンは何かを閉ざすように唇を咬んだ。
そして、ティーダは。
「………………」
一つだけ、瞬きをした。
1日目 22:36
20100224