#333631

[ 暗色に染まる夜 ]



 鴉が鳴く、雲が流れる。
 人は外の世界を捨て内の世界へと籠もる。
 陽が、暮れようとしていた。





 詳しい時間は覚えてない。
 多分九時前だった筈だけど、時計はちゃんと見てなかったんだ。
 僕はその頃、今日の三限目の授業の、提出課題に目を通してた。
 そしたら聞こえたんだ。
 フリオニールの部屋から、ガラスの割れる音が。
 それは、落とした、なんて音じゃなかった。
 今思えば、多分彼が故意に床に叩き付けて割ったんだろう。
 でもその時は何かあったとしか分からなかった。
 僕は急いで彼の部屋に向かった。
 鍵は掛かってなくて、すんなりと開いた。
 飛び込んだら、其処には自分の左腕に突き刺さったガラス片をじっと見てるフリオニールが居た。
 吃驚して、フリオニールの名を呼んだ。
 呼んで、…でも彼は、そう呼ぶ僕を不思議そうに見たんだ。
 何を言ってるんだろうって、言うみたいに…。
 そして、フリオニールは気を失った。
 気が緩んだのか、要因はよく分からない。
 兎に角倒れた彼を、僕はコスモスに頼んで呼んでもらった救急車に乗せて、付き添った。
 病院に着いてフリオニールが治療されている間に、ライトに電話を掛けた。
 大家としてコスモス荘を管理しなくちゃいけない彼女には頼めなかったから。
 ライトが来てから目覚めたフリオニールは、僕等を見てこう言った。
 ……誰?、って…。



 シンとした間があった。
 一〇に近い人数が居るにはあまりにも静かで、無意識に押さえている呼吸音すら、聞こえた。
 その不完全な静寂の中、誰もがセシルの言葉に何かを言いたくて、けれど口にする事が出来ずに開きかけた唇を閉ざす。
 それを繰り返す彼等に、ライトが沈黙を破って補足する。

「原因は分からないと医者は言った。頭を打ち付けた訳ではないという事は分かってる。ただ、それだけだと」

 また空白の間があり、そして最初に口を開く事に成功したのは、彼と最も親しくしていたティーダだった。

「…それって、つまり………記憶喪失、って事、ッスよね…?」
「正式に言えば違うそうだが、認識としては間違ってない」

 冷静であろうとするが故に薄情にも聞こえるライトの言葉を、ティーダは頭の中で反芻する。
 それは心の底に蔭を落として揺蕩った。
 絶望に似て非なる何か。

「フリオが…、何で…!」

 何に対するのかも分からない苛立ちが、太陽の少年の顔を歪めた時。

「…ティーダ」

 静かな声が、それを諫める色を見せずに押さえ込む。
 クラウドだった。

「フリオニールを想うなら、その怒りを自分の内で殺せ。ライトやセシルの所為にするな」

 淡々としたその声は、いっそ清々しい程に揺るがない。
 意図してそうしているのかをティーダに知る術はないが、それでもそう言うクラウドだって何も思っていない訳ではないと知っているから、言われた通り口を閉ざす。
 その会話を皮切りに、恐る恐るという体でみんなも喋り始めた。

「…フリオニール、左腕切ったって…」
「大丈夫、なのか?」

 ジタンとバッツの心配そうな顔に、セシルは小さく微笑んで応える。

「傷自体はたいした事ないって。動脈も傷付いてないって言ってたよ」
「…それは、精神的に混乱して、という事か?」
「…そうみたい」

 スコールの鋭い指摘に、セシルの表情が翳る。

「フリオニールは、記憶喪失の自覚があるらしいんだ」

 その為に一時的に錯乱してという事らしい、とセシルの口から漏れた言葉を、彼等はそれぞれの表情で聞き入った。

「…どうして、フリオニールは記憶を失っちゃったのかな……」

 哀しみすら含まれたティナの声に、オニオンがそっと答えを返す。

「……それは、みんなが、…そしてフリオニールも、知りたい事で、分からない事だよ」

 溜息を零すようなその言葉に返されたのは、何度目かの沈黙だった。





 1日目 20:43





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 20100106





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