雨の記憶
[ 逢引お手伝いチーム ]同じ頃、秀麗と燕青も茶を飲みながら談話していた。その会話の内容が途中、今朝秀麗に頼まれ夜食を持って出仕した静蘭の話になった。
「なぁんで静蘭に行かせたんだ? 姫さんが行った方が、色々と都合良くねぇ?」
二人とも初対面の人間にペラペラ喋る奴じゃねぇし、折角の姫さんの夜食を寛いで食えねぇ気がするけど、と言う燕青の尤もな言い分に、そうねぇと秀麗は返しながら考え込むように唇に指を当てた。その仕草に、燕青は首を傾げて問う。
「何か気になる事でも?」
「気になるって言うか…気に掛かるって言うか…」
「姫さん」
「……えぇ、そう。燕青の言う通りよ」
燕青に制されて、秀麗はくしゃりと笑い白状した。
「気になっている事があったの。静蘭に頼んだのは、その為よ」
「聞いても?」
「…誰にも言わない?」
「誓って」
言葉少なな宣誓に、そう、と秀麗は一度笑みを深めて頷いて、直ぐ消した。頬杖をついて、視線は窓の外に向けられる。静かな夜に、雨音が響いていた。
「前、戸部のお手伝いしてた時、黄尚書が眠っていた時があったの、覚えてる?」
あぁ、姫さんが黄尚書に抱き着いたあの時ね、と燕青は思ったが、茶化す雰囲気ではなかったので頷くだけに留めておいた。
「あの時ね、黄尚書、寝ながら呼んだの。静蘭のこと」
「え?」
「ううん。本当は違うかも知れない。途切れ途切れだったから、本当は、別の誰かを呼んだのかも知れない…」
でも、せいらん、って、呼んだの。そう聞こえたのよ。
「哀しそうな声だった。縋るような声だったの。仮面で見えなかったけど、多分、表情もきっとそんな感じで…」
そう言う秀麗を、燕青は見開いた眼を一度閉じ、また開いて見た。その眼差しは、優しい。
「だから、今日静蘭を行かせたのか」
「…うん」
違うなら違うで良い。でももしそうなら、会わせてあげたいと思ったの。
「会えない訳じゃないと思うけど、会う方法、知らなさそうだから」
漸く笑った秀麗に、燕青もそうだなと笑う。
「黄尚書、奥手そうだもんなぁ」
「恥ずかしがり屋なのよ」
勝手な憶測に、二人とも深く笑む。
「姫さんの夜食、喜んでくれると良いな」
「えぇ」
それはまるで祈るよう。二人はそれに気付きもせず、眼を閉じて雨の囁きにそっと耳を傾けた。
〈幸せのお福分け。〉