子どもに教えちゃいけません
[ 気付かれなければ嘘は嘘でなく真実 ]年が明けた。
この年初めての太陽が一条の光であった頃からその大円の姿を完全に現すまでをじっと眺め続けて、清苑はそっと息を吐いた。
願う事など何もない。
それでもどうかと、清苑は小さく祈った。
あの子が、あの人が、彼が。
どうか健やかにあらん事を。
それだけを、祈った。
朝賀を終え、自室へ下がった清苑はふと疲れを覚えて褥に身体を投げ出し目蓋を閉じたが、それではいけないとまた身体を起こす。
あぁそうだ。
朝賀に来られなかったあの子に、会いに行かねば。
母を失ったあの子の傍に今は誰もいない。
母が居た時だってあの子の本当の味方は居なかったけれど、それでもあの子はあんな母親でも慕っていたから。
死んだ時の落ち込み様は、痛ましい程だった。
清苑にはあの女の良さが全く分からなかったけれど、それでもあの子の母には違いない。
脅しはしても、殺す事を考えはしても、本当に手を下すつもりはなかった。
なのに彼女は死んだ。
誰かに殺されたのだろうと察する事は容易かった。
自殺だと片付けられたようだが。
あの女が自殺? ―――まさか。
美しさが失われたと劉輝を折檻しながらも図々しく生き続けていた女が。
そう吐き捨てて清苑は彼女の事を考える事を止めた。
彼女を殺しただろう人を思う事も止めて、清苑は宮を出た。
「劉輝」
室に居ると聞いて、清苑は訪問を劉輝に告げず、直接室に這入った。
膨らんだ褥に、劉輝が丸まって居る様子を想像して小さく笑む。
声を掛ければ起きていたようで、その反応はとても早かった。
「兄上!」
ガバッと布団を押し上げ姿を現した劉輝の普段通りの笑顔に、ほっ、と自分でも気付かなかった緊張が緩む。
笑顔を浮かべられるのなら大丈夫。
そう思いその清苑自身優しい笑みを浮かべ、劉輝が褥の上にちょこんと行儀良く座るのを見ていた。
「兄上、今日の朝賀は如何でしたか?」
「ん? あぁ、今日はね――…」
そうして穏やかな時間を重ねていた彼等兄弟は、けれどふとした劉輝の疑問にそれは呆気なく崩された。
「あ、兄上」
「どうした?」
きゅるん、と何処か小動物の丸い瞳に似た劉輝の可愛いそれを見ながら、清苑は穏やかに笑み首を傾げたのだが。
「ひめはじめ、って何ですか?」
その言葉に、笑みのまま固まって蒼褪めた。
当然、頭脳明晰博覧強記慧眼聡明な清苑の事だ。
何だって知っている。
年齢などこの際関係ない。
兎に角知っていたのだ、運の悪い事にその言葉を。
「………その言葉を、誰から聞いた…?」
それでも何とかそう聞けば。
「霄太師です」
キラキラとした笑顔で言われた言葉に、清苑は精一杯の笑顔をその美しい顔に貼り付けて、心の奥底で思った。
(あんの糞爺)
怒りに腸が煮えたぎる。
この場合怒りを抱くのも何か違うような気がするが、兎に角清苑は殺意に似た何かをあの狸の妖怪に抱いた。
あぁけれど。
「兄上、やっぱりご存知なのですか!」
「やっぱり…?」
嫌な予感しかしない。
「はい! 霄太師が、清苑兄上なら絶対にご存知だろう、きっと教えてくださると仰っておられましたので!」
頭痛がする。
あぁ、今なら怒りに任せて理性と自分の道を鑑みずに父上を倒して王となり、あの狸を罷免できそうな気がするな。
しかし、劉輝にそんな己の黒い部分を見せて良いものかと迷った清苑は、曖昧に笑うしかない。
(どーしよ…)
取り敢えず殺すか。
そう思いながら、疑う事も知らず笑顔を煌めかせる劉輝の頭を撫でて清苑はにっこりと笑った。
「劉輝、姫始めと言うのはね――…」
その日その宮では、
20100101
〈悲劇の前の、喜劇の話。〉