Lily of valley

[ 君を想うは陰にて ]



「―――弱い人だ」

 吐き捨てるようにでなく、ただ呟くようにその言葉は零された。
 嘆くと言うには淡々として、何もないと言い切るには感情の揺れが垣間見えた。
 それが何かをはっきりとは分からない。
 分からないまま、黎深はそうかと相槌を打って誤魔化した。
 分かろうとするのは踏み込む事と同義。
 それを恐らく望んでいないのだろうと清苑の心を汲み取っての事だった。
 黎深は頷き、それから目の前に群生する花々を見た。
 それは、清苑の母の名に等しい花。
 華美でなくひっそりとした、けれど凛とした美しさを持った花。
 人目に付く訳ではないが、一度目に付けば視線を剥がす事を僅かに躊躇う。
 そんな花だと、黎深は心の中で評した。

「弱い、か…」

 あぁそう言えば、己の母はどんな人だっただろう。
 何処かの家とは違い、父はたった一人だけを愛していたが、しかし、その母の事はあまり記憶にない。
 母よりもずっと身近な女性がいたのだが、彼の人は既に息絶えた。
 毒を呷り眠るように。
 そんな彼女が母と呼べるほどに近しくて、だからこそ本当の母の記憶は掠れていた。
 愛するに足る人だっただろうか。
 母と仰ぐに足る人だったか。
 それともそれはただの幻想か。
 判ずる事も出来ず、黎深は清苑を見た。
 相変わらず清苑は無表情で眼前に群れを成して花咲くそれらを見続けていて、けれど不意にその瞳が細められた。
 愛情とも、哀情とも、言えない、貌で。

「…けれどその弱さは、誰もを傷付ける、弱さだ」

 そう、呟くから。

「……どういう、意味だ?」

 弱いが故に全ての者を傷付ける。
 それは一体どういう事だ。
 問う黎深に、清苑は応えない。
 清苑はもう言葉を零さず。





 風が吹いた。
 初夏の風だった。
 紫の髪はそれに乱されて。
 紅の衣はそれに揺れた。

 ―――鈴蘭が、笑ったような気が、した。





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 20100501
〈愛していた。愛されていた。けれどそれは、その弱さの前では、もっと弱いものになった。〉





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