世界が閉じた音を聞いた

[ after story ]



「お前が、生徒会長に立候補?」

 何の悪い冗談だと笑ったそいつ。
 気にせずお前は副会長に立候補しろと言えば、あーはいはいと適当に返された。
 しかしそれはもう言質を取ったも同然。
 勝手にそいつの分の立候補届を出し、勝手に立候補者に名を連ねさせ、そして何もしないまま、私とそいつは目出度く生徒会長と生徒会副会長となった。

「………………は?」

 滅多に見られない、そいつの愕然とした顔。
 いい気味だと思いながら、私は壇上に立った。
 就任演説というヤツをする為に。
 それから、一ヶ月も経った頃だろうか。
 私が生徒会長の全権を、そいつに委譲したのは。





  本音





「お前に任せる」

 そう言えば、驚きの後、不信感がそいつの顔に出た。
 何を言っているんだこいつ。
 と声に出さなくてもその表情だけで察する事が出来た。

「…何を」
「分からんのか?」
「分からないというか分かりたくない。お前と分かり合えたなどと喜ぶ気は毛頭ないし」
「分かっているならそれで良い。後は好きにしろ」

 そう言って退室しようとした私の腕を掴んでそいつは阻止する。
 私の方が身長が高い所為で自然と見上げる形となり、そいつの仕草はまさに上目遣い。
 悪い気はしないが、だからこそ、困る。

「黎深。自分が何を言っているのか分かってるのか?」

 猜疑に塗れた視線を射抜いて笑う。

「言っている意味も言った事の責任も言う事で動く未来も分かっているつもりだが?」

 そう言えば。

「……お前は時々本当に殺したくなるほど嫌な奴だな」

 そう思っている事は本当なのだろう。
 真実、こいつから殺気を感じた経験は両手では足りず、三桁に上る家人の手を借りねばならぬほどだ。
 だがそれでもこいつがその殺意を実行に移した事など一度もない事が私の強みだった。

「ではお前の欲しい言葉をやろう」

 途端、ひくり、と振るわせた喉に引き攣った口元。
 あぁまったく賢いなお前は。
 その反応の速さは本当に感嘆する。
 そんなお前だからこそ―――時たま酷く苛めたい。

「―――会長命令だ」

 そのたった一言で、こいつの今期の穏やかな日々は終わった。





 その経緯がなければ、と、思わない事もない。
 けれどそうでもしなければ一年の時の二の舞だ。
 あいつは何故か人を傷付けるが人から頼られる事好かれる事が多い。
 当然、恨む者嫌う者憎む者も比例するように多かったけれど。
 それでも、言葉や影で中傷されるくらいなら、まだ良かったんだ。
 そして、まだ密かに想われるくらいなら、良かったのに。
 あいつは全てを引き出してしまうから。
 好きも嫌いも。
 憎いも愛も。
 全て無意識でやってしまうから、始末に悪い。
 その想いに報いてやる気も、その悪意に伸されてやる気もないくせに。
 その所為で、一年の頃は散々だった。
 私の隣はあいつの特等席だった筈で。
 あいつの隣は私の特等席だった筈だ。
 何故それを、壊されなければならないのか。
 奪われねばならぬのか。
 知らぬ輩に。
 どうして。

(―――あぁだったら、傍に縛り付けておけば良いのか)

 単純な事だった。
 そしてそれに見合う場所を見つけた。
 生徒会長と、副会長の座。
 まさに探していた場所。
 権限も地位も申し分ない。
 そしてあいつを何処にも行かせないだけの仕事が在る。
 最適だった。
 それだけの為に立候補して、それだけの為に生徒会長になった。
 そしてやる事もやらず、すぐさまその権限と地位を放棄した。
 それはあいつの孤独と置き換わった。
 仕事に忙殺されて、だから教室に居る時間は授業だけ。
 他は全て生徒会室で過ごす。
 誰も居なくても、あいつ本来の几帳面な性格ゆえに、仕事だけは放っては置けないから。
 そうしてこいつの孤独だけを確保して。

(それの一体何が悪い)

 誰にもやらない。
 誰にも渡さない。
 こいつは私のものだ。
 離さない、一生。
 だから。

(この口付けが、この想いの楔となれば良いのに)

 そう思って、何が悪いというのだ。





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〈鳥籠の鍵は自分が持っていることに、あぁ、この小鳥はいつ気付くだろう。〉





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