何時かはきっと忘れ去られる夜の

[ 青春時代 ]



 語る言葉は無い。
 語る口は要らない。
 想いも願いも、口に出さないまま殺して。
 必要なのは貪るような口付け。
 それだけで伝わるから、―――ねぇ。

(決して、「  」なんて、口にしないで)





「七月ですねぇ」
「七月だな」
「昼は暑いですけど、夜はそこそこ涼しいんですね」
「この都市はヒートアイランド現象とは無縁らしいな」
「素晴らしい」
「本当にな」

 寮の屋上に、二人の少年。
 夜空を見上げる彼等は風呂に入った後なのか、しっとりと髪を濡らして月と星の光でキラキラと輝いているように見えた。
 着ているものも、パジャマ代わりのジャージと、キチッとしたイメージの彼等にして見れば、とてもラフな格好だ。
 時偶吹く涼風が、彼等のジャージと髪をはためかせて過ぎていく。
 その折り、蒼の髪の少年が、何かに気付いたように銀髪の少年の首筋に顔を寄せた。

「な、何だ?」

 戸惑ったように身を引く銀髪の少年を逃がすまいと、蒼の髪の少年は彼の腰に腕を回し、細い腕の割りに強い力で拘束した。
 銀髪の少年はぴくりとも動けない。
 それは力によって、と言うよりも、至近距離に人がいる事への緊張、と言った所か。
 しかもそれが意中の人物ともなれば、鈍感と思われがちの彼であっても照れもするし身体も強張る。
 普段滅多に見られないそんな彼の様子に、しかし拘束する方の少年は残念ながら気付いた風はなく、くんくんと犬のように彼の首筋を嗅いでいた。
 その顔は何処か締まりなく緩んでいた。

「先輩、凄く良い匂いがする」
「そうか?」
「はい」
「でも、シャンプーも石鹸も、お前と同じものを使っているんだから、お前も同じ匂いなんじゃないのか?」
「んー、なんかちょっと違うんですよね。匂いって、やっぱり人によって同じもの使ってても違うみたいですよ」
「へぇ…」

 納得していない風の銀髪の少年に、蒼の髪の少年はにっこりと笑うと、話の途中からちゃっかりと銀髪の少年に密着させていた身体を更にぴったりと付けて、

「ほんと良い匂いなんです、先輩。―――食べちゃいたいくらい」

 無邪気に言われた言葉に、けれど銀髪の少年は瞬時に反応する。

「ば、か…!」

 慌てて引きはがそうとするも、それまでに気を許しすぎていた。
 悪戯な手が無言で抗議する手を器用に避け、さらりと引き締まった身体を直に撫でれば、銀髪の少年は唇を噛み締めて抵抗を阻まれた。
 口惜しそうに楽しんでいる少年の顔を見るが、気に留めた風も、止めようという意志も見受けられない。
 せめてと拘束する腕に爪を立てた、その時。

「くしゅっ」

 ふるり、と身体を震わせた銀髪の少年。
 気付いた蒼の髪の少年は、それまでの行為を瞬時に止めて、拘束を解く。
 銀髪の少年の顔を覗き込む顔は、一変して真剣な顔。

「湯冷めしちゃいましたか?」
「…そう、かも…」
「風邪引く前に部屋に帰りましょう」
「……」
「…何です? その不満げな顔は」

 もっと此処でしたかったですか?

 ニッと笑った蒼の髪の少年。
 違うわ!、と言って、銀髪の少年はふて腐れたように唇を尖らせた。

「何時もこんな風に聞き分けが良かったら良いのに…」

 怪我や病気、蒼の髪の少年が気を遣うのは、何時だってそんな事。
 明日の授業や場所なんて、気遣う事は滅多に無い。
 大事にしてくれているとは思うのだが、少しばかりその範囲が狭すぎる気がする。
 だから最初の抵抗では離してくれなかった癖に、くしゃみ一つで解放してくれたのだ。
 なんだか、納得がいかない。
 そう、言えば。

「先輩が不調を訴えるまでいかないと押さえきれないんです。僕は先輩を愛しちゃってますから」

 真っ直ぐな告白に、銀髪の少年は頬を紅く染めてそうかと不自然にどもりながら返した。
 そんな自分をひっそりと笑みを深めて見詰めている視線を感じながら、無視をする。

「ほら! 帰るぞ!」

 身を翻して扉を目指す銀髪の少年。
 その後ろから、クスクスと笑いながら蒼の髪の少年がついて行く。
 けれど不意に銀髪の少年は歩みを止めたかと思うと、くるりとUターンしてきて。
 どうしました?、と、蒼の髪の少年が聞く前に。

「――――」

 声を奪われる。
 唇が塞がれる。
 其れは多分、一瞬で終わる筈だった口付け。
 けれどそれを、蒼の髪の少年は許さない。

「ッ――…」

 ぴくり、と大きく驚きに震えた銀髪の少年を知りながら、知らない振りをする。
 仕掛けられた罠。
 引っ掛かった獲物の反撃、とでも言うように。
 言葉を奪い尽くして抵抗を封じ込める。
 必要なのは言葉じゃない。
 想いと願いと、少しの勇気と。
 反論は甘んじて受けよう。
 でもきっと、反省はしない。

「  」

 消えてしまいそうな心を、そっと唇に宿すから。





 言わない。
 言わない。
 だけど、僕等は。





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 20100701
〈伝わらないことを前提とした恋だった。実らないことを覚悟した恋だった。だから言わない。この行為が、例えその恋に準ずるものであっても。〉





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