傍に居る、今はどうか

[ それは予感なんだ、ただ漠然とした ]



 放課後の空。
 夕暮れというには早すぎて、けれどだからと言って蒼ばかりがある訳じゃない。
 蒼と黄と白が混ざったような、不思議な色。

(…久々だな)

 普段こんな時間に外に出る事はあまりない。
 授業が終われば即部室に篭るか、空の色が変わる前にジョギングを終わらせる。
 だからこんな色の空は、酷く珍しくて。

「何してるんですか?」

 聞こえた声に、バッと振り返る。
 気付かなかった。
 人が入ってきた事。
 近付いて来ていた事に。
 相手はフェンスの傍に居る俺から数メートルしか離れていなかった。

「い、いや。ただ今日は部活がなかったから此処に来たんだ」

 すると彼は黙ってしまった。
 感情のない顔からはほとんど何も伺えないが、どうやら雰囲気から察するに、不思議に思っているらしい。
 部活がないからといって俺が此処に居る事を。

「俺だって何時も何時もトレーニングしていたら疲れるからな。少し骨休めだ」

 ま、夜になればジョギングするつもりではいるが、と付け加えると、彼は少しだけ微笑んだようだ。
 それが分かるくらいには、俺達は共に居た。

「お前こそどうした。部活は休みか?」

 彼も部活に入っており、意外に熱心に行っているようだ。
 たまに休んでは街で見かける事もあるようだが、それも仕方がないだろう。
 部活だけが全てじゃないのは、俺にも良く分かる。

「休みです。それに」

 先輩が屋上に居るのが見えたので。

 さらり、とそう言った彼に、少しだけ動揺する。

(見えたから…?)

 知り合いが何処かに居るのを見つけたくらいで、追ってくるものだろうか。
 わざわざ屋上まで?
 と考えて、その疑念を振り払う。

(…意外に人懐っこい性格なのかもしれない)

 そう思おうとして、けれどやっぱり何かが引っかかった。
 彼が転入してから数ヶ月。
 その違和感を覚え出したのは、約一ヶ月前。
 ふとした勘だ。
 確証はない。
 何も証拠などないのに。
 思う事が、ある。

(何故こいつは俺に近付こうとするのだろう)

 自意識過剰なのかもしれないと最初思った。
 誰も気付いていないのだ。
 美鶴でさえも。
 だから自分の気の所為だと。
 けれど彼は何故か俺の傍に何時も居る。
 居ようとする。
 それは自然な流れで、決して意図的だとは感じさせない。
 それでもやっぱり、不自然で。

(どうして、だろう)

 好かれる事も懐かれる事も別段嫌いじゃない。
 ただ彼は掴み所がない所為か、酷く身構えてしまう。
 何を思ってるのか分からない。
 何を考えているのか分からない。
 何を見ているのか分からない。
 ふと覗き込んだ瞳の深さと、同じように。

「――――真田先輩」

 その声に、思考が突然遮断された。
 見れば、彼が少しだけ困ったように微笑んでいた。

「どうした?」

 その変化は微かで、最初の頃だったら気付きもしなかっただろう。
 彼を意識してから、無表情に見えていた彼の表情にも変化があるのだと気が付いた。
 じっと見ていたら分かるのだ。
 意外に彼は素直に表情に感情を出すのだから。
 けれど考えまでは流石に分からなくて。
 そう聞けば。

「……分からない事があるのなら、聞いてください」

 静かな声で、そう零された。
 どういう意味だと問う前に、また口が開かれて。

「僕は此処に居ます。貴方の目の前に。だから僕に聞きたい事があるのなら、表情だけを探らないで直接聞いてください」

 僕は、此処に居るんですから。

 そう繰り返した彼は、言ったきり口を閉ざした。
 俺の言葉を待っているらしい。

(……そうだな)

 考え続けて分からないのなら、聞けば良い。
 本人もそう言っている事だし、と気軽に考えて、俺はずっと溜めていた問いを出す。

「お前は、俺に何を望んでる?」

 何かある筈だ。
 傍に居る意味。
 此処まで追って来た意味。
 その深い瞳で、俺をどう見ているのか。
 それが知りたい。
 そう、言えば。

「…望んでいる事は、いっぱいです」

 けれど今は一つだけ、と彼は優しく優しく微笑んで。

「僕を好きになってください」

 僕があなたを好きなように。





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 2009116
〈少しずつでいい。いつかいっぱいになってくれたら、それでいい。〉





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