見えない傷跡

[ phantom pain ]



 中学の時、鼻の頭にあった絆創膏は、高校に上がると額の左側に移っていた。
 荒垣はその「傷の引っ越し」に気付いた時、何も、見なかったふりをした。

(またか、と、思った)

 聞かずとも、見ずとも、荒垣は知っていた。
 真田の額の、あの絆創膏の下に、何の傷もないことを。
 ただ綺麗な肌があるだけなのだと。

(……だって)

 これまで、ずっと、そうだったのだから。





『お兄ちゃんの怪我は、美紀が治してあげるね!』

 覚えている。
 散らない桜のように、まだその言葉を。
 そう言った彼女の、美紀の、姿を。

(…違う、そうじゃない)

 覚えているんじゃない。
 忘れられないんだ。
 どうしようもなく、どうしたって、ただ。
 忘れられないだけなんだ。

(その言葉に、囚われているだけなんだ)

 それに気付かず、気付きながら、真田はずっと待っているのだ。
 どこからか、いずこからか、時を超えて、事実を捻じ曲げてでも。

(怪我をすれば必ず駆け寄ってきた妹が、現れやしないかと)

 ずっとずっと、あの日から。





(…くだらない、―――くだらない)

 正体のない傷を大事に抱え込むあいつも。
 その欺瞞を指摘しない、自分さえ。

(それで何が守れるってんだ)

 お前の傷口は、〈そこ〉にないのに。





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 20131115
〈佇む。過去に。そうして、ずっと。〉





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