質の悪い一人と一人

[ 自覚有り無しに関わらず迷惑な奴等 ]



「シンジ!」
「だから嫌だっつってんだろうが!!」
「何故だ?」
「な、何ででもだっ!」

 怒号の飛び交いが階段の方から聞こえてきた。
 それは彼等に限って言えばじゃれ合いのようなもので、だからこそラウンジでのんびりとしていた寮生達は、またか、と言いたげに苦笑を浮かべていたが、ふと何かが可笑しいと勘付いた。

「……荒垣先輩がこれだけ拒否するのって、珍しくない?」

 その可笑しい理由を端的に指摘した山岸に、視線が集まる。
 そして岳羽が頷いて補足する。

「何時もなら、少し嫌がっても結局真田先輩のお願いを聞くのにね」
「今日は少し長引いてんのかねー」

 伊織がそう言ってちらりと彼等の方に視線を遣った。
 階段を下りて此方へ来る二人は、まだ言い合っている。
 桐条が彼等に声を掛けた。

「どうした。新年早々から仲が良いじゃないか」

 その言葉に、真田は当然だとでも言いたげに表情を変えなかったが、荒垣は馬鹿止めろと焦った顔をした。
 それに桐条に限らず全員が首を傾げれば。

「ほら、シンジ」
「ほらじゃねぇんだよ…!」
「何が問題だ?」

 真田は心底分からないと言うように唇を尖らせた。

「それは仲が良い者同士がするんだろう? 俺とシンジの何処に問題があると言うんだ?」

 と、真田は荒垣の返事を待たず傍にいたリーダーの彼を凝と見て。

「なぁ、俺とシンジの仲が良いのは知ってるだろ?」

 何故彼にそれを聞く…と何人かの人間は思ったが、リーダーの彼は特に気にする風もなく飄々と。

「えぇ。仲の良さは群を抜いているかと」

 それにまぁ確かにと乾いた笑みを浮かべたのはほぼ全員、色を亡くしたのは荒垣だった。

「てめっ、余計な事を…!」

 けれどそれは真田の声に遮られて。

「ほらシンジ! 何事も冷静なリーダーが言うんだぞ!」
「あぁ知ってるよそいつが何時も冷静で頼れるリーダーって事も偶に何考えてるか分かんねぇ事もな!」
「だったら!」
「てめぇ仲が良いっつぅんなら相手の意見も聞きやがれ!」
「嫌だ! だってシンジの意見は根拠が全くないじゃないか!」

 言い争いはずっと円を描いたまま。
 終わらないそれに、本当に珍しいなと彼等を見遣る寮生の中、そう言えば、とリーダーの彼は呟いた。

「真田先輩が言った、仲が良い者同士がする〈それ〉って、何ですか?」

 その言葉は言い争う中でも聞こえたのだろう、真田はパッと荒垣から視線を逸らすと、意気揚々と言い始めた。

「あぁそれはな、俺も聞いた話でよく分からないんだが、新年になるとやるものらしく、何でも〈ひ――〉…」
「こンの馬鹿アキ!!!」
「んーっ」
「暴れんなッ!!」
「ん――…!」

 そうして荒垣によって口をふさがれ上階へと連れて行かれた真田。
 そんな二人を呆然と見送って、寮生達はなんだなんだと首を傾げた。

「新年にやるもの…?」
「仲が良い者同士で、って」
「百人一首? カルタ? 麻雀? 人生ゲーム?」
「や、それじゃあ荒垣先輩が嫌がったのって訳分かんなくない?」
「あーまぁなー」
「それに、なんか真田先輩、最後に何か言い掛けようとしなかった?」
「え、それはちょっと分かんなかったかも」
「風花、なんて言ってた?」
「んー、最初は〈ひ〉だと思うんだけど…後はちょっと…」

 それだけじゃ分かんないなぁ、と寮生は頭を悩ませ、結局は何だったんだろうと彼等の行動を(いぶ)かった。
 唯一人をのぞいては。





「クソッ…」

 荒垣は汗だくの状態で階段近くのソファに座って剛健美茶を飲んでいた。
 其処に、リーダーの彼がやってくる。

「あれ、真田先輩は?」
「…部屋ン中に閉じ込めてきた」

 あぁ変な呻き声が聞こえると、とリーダーの彼は心中そう思って、別の事を口にした。

「荒垣先輩、僕達はこれからはがくれに行ってきます」
「は?」
「それから多分カラオケにも行くと思いますので、影時間まで帰ってきません」
「ちょ、何言って…」
「みんなの空腹と桐条先輩の知的好奇心を満たす為です」
「…ちょっと待て」
「はい」
「お前、〈僕達は〉って、言ったよな…?」

 恐る恐る荒垣が聞いたその問いに、えぇ、とリーダーの彼は何でもない事のように無表情で頷いた。
そして。

「ですから、頑張ってくださいね。姫始め」

 珍しく微笑を浮かべた彼に、荒垣は数瞬言葉を忘れて。

「ッ…!!!」

 思い出した頃には、リーダーの彼は階下へと降りみんなを外へと連れ出していた。

「二人は?」
「やっぱり話し合いをするそうで、あまり迷惑を掛けられないから避難してくれたら有り難いと」
「お、やっぱお前の言ったとおりだったな。気が利くじゃん」
「…そうでもないよ」

 リーダーの彼は小さくクスリと笑って、帰った時の二人の様子が、今からとても楽しみだと思った。





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 20100101
〈天使と悪魔の挟み撃ち。〉





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