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[ 逃走者 ]



 カラ、と音楽室のドアを開ける。
 その部屋の薄暗く且つ人気のなさにほっと息を吐いたのも束の間。
 俺は此方を向いて目を見開く人を見つけてしまった。
 その瞳の色は、吸い込まれそうな、天空の蒼。





「………」
「………」

 思いがけない出会いに身動きが取れず固まった俺達は、けれどずっとそうしている訳にも行かないと頭を切り替えて動き出す。
 俺はそろりと彼の隣へ移動し、彼は緊張を解いてそれを待った。
 カタリ。
 小さな音が鳴って席に着くと、どちらともなく息を吐く。
 それが安堵の溜息だとどうして双方分かったかなんて説明するのは難しく、ただ似たもの同士だからとしか言いようがない。
 そう、似たもの同士なのだ。
 俺達が、ではないけれど。

「…貴様も逃げてきたのか」
「うん…君も、か」

 その小さな音が緊張と警戒を解く役割を担って、俺達の間に会話が生まれた。
 疲れたように彼は言い、疲れたように俺は笑った。
 二人とも疲れていた。
 酷く酷く。
 疲れていた。
 何故なら。

「忘れてたからなー…」

 そうなのだ。
 忘れていたのだ。
 酷く、綺麗さっぱりと。
 ただそれだけで、でもそう言ってしまうには事は大きかった。
 彼も同意するように頷く。

「…というか、日本人ですらない奴らが何故彼処まで拘るんだか」
「そんな事言っちゃ駄目だよ。どうせ乗っかってるだけなんだから」
「………迷惑だ」
「同感…」

 手を頭の後ろで組んで背を逸らす。
 天井が見える。
 くすんで色褪せた白のタイル。
 所々傷んでいるのは何かをぶつけた所為なのか。
 そんなどうでも良い事を考えて、今日のあれこれがなかった事にならないだろうかと考えた。
 瞬間。

「―――逃げるぞ」

 何かを察知したらしい彼が瞳を鋭くして唐突に立ち上がる。
 俺は彼の勘を疑いなどしなかった。
 〈彼〉に関する彼の感覚を侮るなんてとんでもない。
 だから素直に静かに立ち上がって次の指示を待つ。
 あぁ全く。
 今日は今日として存在する事を頑として主張したいようだ。
 自分の希望とは反対に行きまくりの今日を憎むのは人として当たり前。
 そう結論付けて、手だけで付いて来いと指示する彼の後を追って音楽室を出る。
 くすんだ部屋を後に音も立てず歩きだそうとした俺達のずっと後ろ。

「「あ!」」

 聞こえた声は、聞きたくなかった声。
 反射的に俺と彼は走り出す。
 俺達の後ろに居た人間も走り出す。
 今日二度目の追いかけっこ再開。

(全くなんでこんな事…)

 学校の中を縦横無尽に駆け回る。
 彼と一緒に無言で逃げて逃げて逃げ続けて。
 後ろで何か喚いている二人から逃げ回った。
 声を聞くと疲れるから聞かない。
 言葉を聴くともっと疲れるから聴いてやらない。
 だからって何を言っているか知らないと言う事もないから、逃げる事はつまりこれを全校生徒または先生に触れ回っている事になるのだろうかと疑問を抱いて、けれど逃げなければ身の危険。
 それは世間体をも凌駕するほどの避けなければならない未来。
 だからこれは正しいんだと自身に言い聞かせる。

(あぁ、だからって)

 ちらり、と後ろを見る横を見る。
 まったく違う表情に、後ろの彼等は別にして、隣の彼とは全く同じ事を思っているのだろう事を知った。
 つまり。

(ハロウィンだからって、何だって言うんだ)

 そう言う事。





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 20091107
〈馬に人参。〉





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