[ 君と僕。僕と君。 ]



 初めて白髪で男にしちゃキレーな顔した器を見た時。
 コイツから離れちゃいけねぇと、漠然と思った。
 コイツは何処かアンバランスで歪みを持ってて。
 むしろそれは、瀕死の重体でどうして生きていられるのか、というような感じ。
 生きてるのが不思議なくらい、現実味の無い人間で。
 そしてよくコイツを見ていて思ったものだ。

(その視線は何処に向けられている?)
(その笑みは誰に向けられたものだ?)
(アンタは何処に、)

 いや。

(何処で、生きてるんだろう)





  莫迦でお人好しで素直じゃなくてけれど優しい盗賊の回想





 ただの器だと思ってた人間と。

「ちょっとキミ~、昨日の晩ご飯の食器洗ってないじゃん!」
「はぁ!? な~んでオレ様がそんな事しなきゃなんねーんだよ! オレはアンタの家政夫じゃねぇっての!」

 こんなに親しくなる…と言うか、まさかこんなに付き合いがよくなるとは、正直思ってなかった。

「ボクが疲れて眠ったら洗っといてねって、以前から言ってるでしょう!?」
「知らねーよ! つか大体昨日アンタ首にリングしてなかっただろうが!!」

 それでどうやって洗うんだと、洗う事前提で応える自分に内心呆れる。

「盗賊ならそれぐらい何とか出来るでしょ!!」
「無茶言うなっ! いくらオレでも出来るかい!!!」

 そう吠えるが、宿主サマはふんっと怒って自分の心の部屋に閉じこもってしまった。
 という事は。

「……洗えと。このオレ様に、昨晩の食器を洗えと」

 言葉のいらない関係ってステキ―――なんてことが許されるのはオレが惚れた奴だけで断じて宿主サマは違う。

「ったく我が侭も大概にしやがれってんだ!!」

 そう言いつつもエプロンして食器洗って、ついでに昼飯の事も考えるオレって一体何なんだ。
 主婦でもあるまいし。
 けれど宿主サマと同居し始めて、余計な知識は増えたと断言出来る。
 近所のスーパーは何曜日の何時に特売してるだとか、ゴミ出しは何曜日と何曜日だとか。
 あぁ、それに料理のレパートリーも増えたな。
 ……オレ、嫁に行けるかもしれねぇ。

「つかまんま主婦じゃん」

(まぁ、男だから主夫っつーのか?)

 自分の考えに自分で突っ込み。
 それにまたやり場の無い怒りを感じて、スポンジを力一杯握りつぶす。
 スポンジだから壊れる心配は無いから、本当に力一杯。
 これで皿とかリンゴとか割ったりしたら気持ちいいんだろうが、宿主サマに怒られるからやらねぇ。
 それに後片付けすんのは結局オレだ。
 わざわざ自分から仕事を増やす莫迦ではないぜ。

「あ、今日夕方から雨降るとか天気予報でやってたな…。チッ、さっさと洗濯しちまうか」

 そう言って早々に食器を洗い終わり、ピッと手に着いた水を振り落とす。
 洗濯物を洗濯機に入れ、次に洗剤を入れてスタートボタン。
 その時、妙に違和感を覚えて。

「…あれ、なんか洗濯もの少なくねぇか?」

 夏だし薄い生地だからそう感じるのかと思い―――違う、と洗濯機を再び見た。
 そう言えば宿主サマは独り暮らしなのだと。
 渦を巻く洗濯機の中を見つめながら思った。
 オレは意識として存在しているが実体は無く、結局一つの体を二つの意識が共有しているだけなんだという事に、改めて気づいた。

(オレの分の洗濯物なんて、ある訳が無いんだ)

「そうか……独り、だもんな」

 そう呟いた自分の声が静かで寂しげだったなんて、絶対に認めやしないけれど。





 その次の日。
 珍しく宿主サマが買い物に行くと言い出した。
 熱でもあるのかと思ったが、顔色も体温も至って普通。
 全くの健康体だった。
 何か特別な物でも買うのかと聞いたが、宿主サマはただ笑って「たまにはね」と言っただけだった。
 宿主サマがいきなりそんな行動に出たのが不思議で、オレは心にある部屋には戻らず、宿主サマの斜め後ろに浮かんで付いて行った。
 そしてスーパーへの道のりの途中、家を出た時からずっと無言だった宿主サマが唐突に口を開いた。

「ねぇ、別にキミが見守らなくてもボク一人で行けるよ」

 別段怒っている風もなく、けれど少し子ども扱いされたように感じたらしく、宿主サマは唇を尖らせた。
 それを見て、意地悪く笑う。

『アンタ一人でいると、どっかヘンな所に行きそうだからな。ふわふわーって。風船みたいに』

 だからオレ様ががサポートしてやらないと、と少し威張って言った。
 今度は怒るか、と思ったが意外に宿主サマは寛容だった。

「そりゃどーも」

 言葉にはトゲがいっぱいだったけれど。
 それからまた、先ほどと同じように沈黙が降りる。
 けれどそれは怒ってるからと言う訳ではないらしく、宿主サマはただ地面と、そしてたまに空を見上げた。
 そして。

「……でも、風船も手を離さなければ飛んで行かないんだよ」

 いきなりそう小さく小さく呟いた宿主サマに、オレは何か聞こうと口を開いて、けれど結局、その言葉は言わないまま口を閉ざした。
 代わりに努めて明るい声で言う。

「飛んで行かなかったら何時かしぼんで地面に落ちるけどな」
「……キミってほんっと、デリカシー無いよね」

 しみじみ言うなって、と口を尖らせて。
 そんなオレを見て、宿主サマが微笑した。
 つられてオレも声に出さずに笑って。

(なんて滑稽なんだろうと思った)

 オレが何処かで感じる未来の予感。
 それを多分知ってる宿主サマ。
 薄々二人でぼんやりと感じながら、けれど言う事は決して無い。
 何でも無い振りをして、何も知らない振りをして、穏やかに笑ってみせる。
 どうでも良い話題をふって、中身の伴わない返答をして。
 なのに相手は互いに責める事は無い。
 だってお互い自分が何を言っているのかすらあまり気にしていない。
 ただ相手が傍にいる事だけを感じたいが為の会話。

(何時から、こんなに依存していたんだろう)

 これじゃまるで、王サマとその器みたいじゃねぇか、と思う。
 あぁは絶対ならないと誓った。
 持ちつ持たれつ。
 二つで一つ。
 二心同体。
 そんなキレイな言葉で完結するほど、あの二人の絆は決して弱くない。
 あれはもう、―――依存だ。
 お互いが無くちゃ不安になるほどの依存。
 まるで麻薬に依存するかのように。
 二人の絆は弱くはなく、逆に強いと言える。
 強すぎると。
 だからそれは既に〈弱さ〉だ。
 強すぎるが故に、弱さに変換された絆。

(だからあぁはなるまいと、依存するかと、強く思っていたのに)

 オレ達にあんな関係は無縁だと安心しきってた。
 なのにどうだろう。
 この変わりよう。

(何処から、狂い始めたんだろうか)

 わざわざ答えのでない問いを自身に問いかけるのは、何時からの癖だったか。
 知ってるけれど、それ以上は考える事を止めた。
 そして宿主サマを見る。
 空を仰ぐ横顔。
 オレも空を仰いだ。
 けれど空にはなぁんにも無い。
 雲も。
 飛行機も。
 風船も。
 なのに宿主サマは何処かを見続ける。
 ぼんやりとではなく。
 しっかりと目的を持って。
 こんな時、何時も思う。

(なぁ、何見てるんだ?)
(アンタは何時も何処を見つめてる?)
(アンタは何処で)
(―――生きてるんだろう)

 そんな問いを、結局口に出した事は一度としてない。





 なぁ。
 アンタはオレがいなくなったら、一体何処へ行くんだろう。

(人の手から離れた、風船のように)





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 20060806
〈心配なんじゃない。怖いんだ。アンタがどっか行っちまいそうで、怖いんだよ。 〉





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