懐かしい、って、思いたくないのに

[ 馬鹿と言って怒った君は此処に居ない(あぁ、何故?) ]



「あけおめーことよろー…」

 どうでも良いように吐かれたその言葉は、誰も聞く事なく暖房によって暖められた部屋の空気に溶けた。
 除夜の鐘の音が何処か遠くから響いて、その音を聞くでもなく俺は瞳を閉じた。





 自分以外、誰もいない部屋。
 慣れた筈なのに、何故かとても寂しい。
 とても。
 寂しい…。

(…あぁ、そっか)

 居ないからだ。
 …あいつが。

(変なの)

 居なくなってから、あいつが此処にいた時の事を思い出すなんて。
 あいつが狙いすましたように、俺が一人を寂しいと感じる一瞬前に来ていたんだと、知るなんて。





『おい、お前全然飾り付けしてねぇじゃねぇか』
『する必要ある? てか何で君来てるのさ。獏良君も年末で忙しいでしょ。しかも今日は大晦日だよ? 君が思う以上にいっそがしいんだから。勝手に身体奪うんじゃないよ。ほらほら身体返して帰んな』
『…よくお前そんだけ指動かしていながら喋れるな』
『慣れだよ。そして仕事は時を選んでくれないの。って人の話聞いてる?』
『聞いてるっつの。帰れってんだろ?』
『そう。じゃあね、バイバイ。良いお年を。あけおめことよろ。じゃ』

 つめてー挨拶まとめてしてんじゃねぇよばぁか。
 そんな言葉を仕事の事で頭がいっぱいになる寸前に聞いた。
 どこか拗ねたその声。
 あぁ、その時は全然気付かなかったのに。





『…………あー、やっと終わった…』

 パタン、と身体を倒すと、背中を柔らかい大きめのクッションが受け止めてくれた。

『……え?』

 それは少し離れたところにあるソファに置いてあった筈。
 何で…。

『……まだ、居たの』

 寝転がったまま、ソファの方へ目を遣れば。
 むすっとした顔。
 頬杖を突いて視線を何処かへ固定して。
 自分で用意したのであろうコーヒーを啜って、バクラが胡座をかいてソファの上に座ってた。

『…わりぃかよ』
『いや、悪いって、言うか…』
『……オレ様だってこの日が忙しいってのは分かってるっつの。宿主様にいっろいろ言われたからな』

 あぁやっぱり…という言葉を挟み込むことはせず、でも動くことも出来ずに、俺は仰向けのままバクラを見上げるしか出来なくて。
 そんな俺にバクラはカップをサイドボードに置いて床に降りてきた。
 俺の顔を覗き込むように、近付いて。

『それでも会いに来たんだろうが……何で、なんて聞くなよ。馬鹿じゃねぇだろ』

 ぶっきらぼうにそんな事を言う。
 …何で、なんて。
 聞ける訳、ないのに。

『……ごめん』

 実はちょっと、イライラ、してた。
 ちょっと仕事が詰まりすぎて。
 それを、バクラにぶつけちゃった。

『来てくれてありがとう』

 そう言った俺を、バクラは漸く緩んだ顔で見て。

『…なぁ知ってたか?』
『ん?』
『もう年、明けてんだぜ』
『えっ、嘘!?』

 知らなかった。
 仕事に集中しすぎてて。
 飾り付けはしなくても、ちゃんと年の境はきちんとしたかったのに。
 慌てて身体を起こそうとした俺。
 けれど。

『―――な、に…?』

 バクラが、それを許してくれなくて。

『ついで聞くけど』

 不機嫌そうな顔を一掃して、機嫌の良さそうな。

『姫始めって、知ってるよな?』

 何時ものニヤリ顔で、バクラは耳元でそう宣ってくださったのだった。





(…懐かし)

 去年の話だ。
 たった一年前の事。
 後一人の存在が、隣よりももっと近くに、居たのに。

(あーぁ…)





 君の居ない夜が増えていく。
 無意識に窓を見詰める自分に気が付いて、もうどれくらい経っただろう。
 去年が、これほど遠いものだとは思わなかった。
 あぁむしろ。

(あの一年で、世界が終われば良かったのに)

 そうすれば、俺はこんな寂しい気持ちを一生知らずに済んだのに。

「バクラの、ばーか」

 暴言を吐く。
 返る声は、それでもなくて。
 震える息を、俺は一生懸命隠さなくちゃいけなかった。





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 20100101
〈俺も連れてってくれたらよかったのに。地獄でもあの世でも、どこにでも。〉





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