affection

[ 夢の中 ]



「ん……」

 ベッドの上で座る俺の横で、御伽が寝返りを打った。
 さっきまでは体を横に倒して丸まっていたのに、今度は完全に仰向けになって、しかも顔は俺の方ではない横を向く。
 そうすれば必然的に俺は御伽の白い首や鎖骨辺りを見ることになって。

(うっわ…心臓に悪ぃ…)

 まだ鬱血している痕が誇るように曝されて。
 自分がつけたのだと分かっていても躊躇ってしまう。
 視線を逸らす事に目一杯力を注ぎこんで、ぼんやりと真正面の壁にかかっている時計を見た。
 時刻は午前三時ちょっと過ぎ。
 俺がこの家に来てから三時間ほど過ぎた事になる。
 最初は近所迷惑に成りかねないほどに騒いでいた御伽だが、今は静かなものだ。
 静かに呼吸をして、夢の中を揺蕩(たゆた)っている。

(………無茶したか?)

 一応気遣いはしたが、本当にそうだろうかと考えたら自信はあまりない。
 そっと罪悪感を消すように、御伽の濡れ羽色の髪を梳く。
 それは突っかかりもせずにさらさらと指の間を抜けていく。
 まるで髪の持ち主そのもののようで。
 俺が捕まえようとするのをさらりと交わす、御伽みたい。
 そう考える自分に、苦笑した。

(いつの間にかこんなにも傍にいたいと思ってた)

 手に入れたいと願った。
 本当に手に入っただろうか。

(……それはまだ良く分からない)

 けれど近くにいる事は確かで、強引に傍にいても文句程度で終わるくらいには許されてる。
 それだけで、満足しかかっている自分がいて。
 昔を考えたらありえない。
 奪って奪いつくしていた人生。
 何もかもを根こそぎ奪ってきた。
 そんな俺が、少しの事で満足しかかってるなんて。

(笑える。……けれどそれも良いと思った)

 過去と同じである必要は無い。

(そしてそれを自分自身で許すなら、その判断は間違ってないと思う)

 より一層、優しく御伽の髪を梳く。
 小さく身動(みじろ)いだが、起きる様子は無い。
 子供のようにあどけない寝顔。
 普段の人を小馬鹿にしたような笑みや怒った顔も好きだが、寝顔も好きだった。
 けれどいきなりその顔は苦しそうに歪められて。

「…………父さん…」

 そして幼子のようにぽろぽろと涙を流す。

「…父さん………」

 しまいには面影を求めるように手が伸ばされて。

「――――」

その手を強く握り、父を呼ぶ口にキスをした。

「ゃ…っ……」

 小さく抵抗するけれど、それすらも抑え込んで。
 御伽はそのまま酸欠を起こして気絶したように、また大人しく眠りについた。

「…夢にまであんな奴追いかけてんじゃねぇよ」

 涙の跡を、指で拭う。
 その温もりに安心したのか、顰められていた眉の力が抜けた。
 その事に俺自身もほっとして。

「どうせなら俺の夢見ろよ、バーカ」

 本音とも冗談ともつかない言葉を言ってみた。
 勿論、御伽には聞こえていない。





 ほとんど毎夜のように(うな)される御伽。
 それがなくなるように、俺がいれば良いと思った。
 俺が安眠に導けたら良いと。
 打算でなく感情的に。
 論理ではなく直感で。
 その為になら、この未練も何も無い世界に存在してても良いと思った。
 依存しても良いとすら、思う。
 そんな事をしたら宿主サマに怒られるかもしれない。
 御伽には何て言われるだろう。
 差し詰め「馬鹿じゃないの?」ってか。
 言いそうだ。
 二人してかかってこられたら太刀打ちなんて出来やしない。
 それは怖いけど、楽しみでもある。

(本当に、それが実現するのなら)

「………なぁ」

 眠る御伽を見つめて、呟く。

「俺はお前の夢の中にちゃんといるか?」

 そうであったら、良いのに。

(俺がいなくなっても、お前は魘されずにすむのに)





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 20090703
〈愛してるんだ。ほんとは君が思うより、ずっと深く。〉





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