6月4日

[ 大好き ]



 ただ会いたいと。
 ただ好きだと。
 心の中だけに在る想いに意味はない。
 会いたいのなら何としてでも会いに行く。
 時には相手の時間すらも奪って。

(そして、愛を囁くのさ)





  好きな人の言動に一喜一憂する、そんな関係が愛おしい





 最近、もう一人のボクの様子が可笑しいと思っていた。
 ずっと何かを気にするようにそわそわしていたし、ボクが話しかける度にまるでお化けが出たかのように躰を強張らせていたから。
 その理由が分かったのは、今日目覚めた時だった。





『相棒っ、おはよう!』
「え、あ、おはよう…」

 待ち構えていたかのように起きた瞬間目に映ったのはもう一人のボクの顔。
 もちょっと詳しく言うと、近すぎて目しか映ってなかったんだけどね。
 ま、それは良いとして。
 何故か何時も以上に気迫があるもう一人のボクに、ちょっぴり後退りしながら挨拶した。
 すると、彼は「こっちに来てくれ」と言う風にボクを手招き、ベッドを降りて勉強机の傍に立った。

「?」

 それに素直に従って、ボクも机の方へと移動する。
 すると、其処には。

「…千年パズルの…キーホルダー?」

 手に取ってみると、少し重みのあるそのキーホルダーは、確かにボクが常に首にかけているパズルの形を模していた。

「これ…どうしたの?」

 精巧に作られているそれはどうしても手作りのようには見えず、かと言って市販されているなんて聞いた事もない。

『あー…気に入らないか…?』

 そんなボクに、もう一人のボクは心配そうに眉を寄せて聞いてきた。
 と、いう事は。

「もしかして、キミが作ったの?」

 カクン、と首を傾げてもう一人のボクを見る。
 それならば大したものだと、驚きを視線に乗せて。
 けれど、彼はふるふると首を振った。

『いや、城之内君の知り合いに手先の器用な人がいて、その人に作ってもらった』

 自分で作ろうと思ったんだが、難しくて無理だった…、と苦笑するもう一人のボク。
 そんな彼にボクは微笑んで。

「ボク達を繋ぐものが、また一つ増えたね」

 そう言ったボクを、彼は少し驚いた風に見て、そして、

『…ああ、そうだな』

 彼も照れたように笑った。
 でも、とボクは疑問に思った。
 どうしてもう一人のボクはこれを作ってもらったんだろう。
 そんなボクの疑問を察したかのように、もう一人のボクは言葉を続けた。

『その裏も見てくれ』
「あ、うん」

 くるり、とキーホルダーを裏返すと、小さく名前と日付が彫ってあった。

 Yugi Muto 4th June

 もしかして、ともう一人のボクを見る。
 それに彼は小さく笑って。

『誕生日ぷれぜんと、だぜ』

(…もう一人のボクが最近緊張気味だったのは、こういう訳だったのか)

 けれどそんな事は、最早どうでも良くて。

「ありがとう。大切にするね」

 凄く凄く、嬉しかった。





 嬉しさでまだ温かいのを感じながら、もう一人のボクと会話しながら学校へと向かう。
 何時もは杏子と待ち合わせて行くんだけど、今日は珍しく居なかった。
 靴箱を覗くと杏子は先に来ていた。

「先行くなら言ってくれたら良かったのに」
『ま、杏子にも事情があるさ』

 そう言ったもう一人のボクに「そうだね」と笑って、教室へ向かう。

「おはよー」

 ガラッとスライド式のドアを開け、教室に足を踏み入れると。

「お、遊戯ー」
「城之内君」

 城之内君がすっと傍に来て、おはようと挨拶しようとした瞬間。

  パンッ!!

「っ!」

 クラッカーが鳴った。
 いきなりの事に思わず閉じた目を開けると、見えたのは満面の笑みの城之内君。

「へへ、驚いたか!」

 と。

「コラ! なに勝手に突っ走ってんのよ、この馬鹿城之内っ!!」
「イテ――――っ!!」

 後ろから拳骨を城之内君の頭に叩き落とした杏子だった。
 そして、それが合図であったかのように本田君や獏良君、御伽君も現れた。

「そうだよ、城之内君。折角みんなで驚かそうとしてたのにー」

 ね、と獏良君が本田君と御伽君に同意を求めると。

「そうそう。ついさっき確認して勝手に動くなって言い聞かせただろーが」
「ま、やりそうな予感はあったけどね」

 本田君は呆れたように城之内君を見て、御伽君は苦笑して「今更だけど」とパンッとクラッカーを鳴らした。

「え、あ……」

 驚いて声が出ないボクに、もう一人のボクがそっと呟いた。

『な? 杏子にも事情があるって言っただろ?』

 見ると、彼も自分の事のように嬉しそうに笑っていた。
 其処へそれまで城之内君に制裁を加えていた杏子が、コホン、と咳払いして。

「まぁ、城之内の所為で微妙になっちゃったけど…」

 オレの所為かよ、と文句を言う城之内君を黙殺して、杏子はにっこり微笑むと。

「ハッピーバースディ、遊戯」

 そして、他の四人も、おめでとうと言ってくれた。
 ビックリして、嬉しくて。
 ちょっと涙ぐんでしまった。
 それを見た城之内君が、ボクの頭をクシャクシャと撫でた。

「そーかそーか、泣く程嬉しいか!」
「な、泣いてないよっ」

 さすがにこの年で涙ぐんだ事を知られるのが恥ずかしくて、乱暴に目元を服の袖で拭いた。
 それが泣いていると言っているようなものだと気づくのはそれから少し後の事。
 みんなにからかわれたけど、嬉しかったから良いやと思えた。





 そして登校してきた時以上の嬉しさを感じながら下校しようとしていたボクは、いきなり現れた黒服の人達にベンツに押し込まれ拉致された。

「何するの―――って、慣れたからもう良いけど」

 苦笑するボクの言葉に、もう見慣れてしまった黒服の人は恐縮したように頭を下げた。

「申し訳ありません。当初海馬様が直接学校に赴かれる予定だったのですが、スケジュールの都合上、どうしても出来なくなってしまいまして…」

 最近特に忙しいようだと、ボクは気がついていた。
 学校に来る日数が、確実に減りつつある。
 それでも今日こそは来るのではと期待する気持ちはあった。
 そして下校時間になっても現れなかった事に残念だと思ったのも事実だ。
 でも。

「……忙しいのに、会ってくれるんだもんね」

 また、温かい気持ちが胸に広がる。
 この車が早く海馬君の居る場所に着けば良いと。
 窓の外を見つめながら思った。
 それから二〇分程で車は海馬コーポレーションの地下駐車場へと滑り込んだ。

「では、このエレベーターをご使用ください」
「あ、はい」

 車を降り、少し歩いた所にあるエレベーターにボクだけ乗り込んで、社長室がある階のボタンを押す。
 少しずつ階が上がる。
 それは、海馬君への距離でもあって。

「……早く」

 待ちきれずそう呟いた時、少しの浮遊感の後、エレベーターのドアが開いた。

「あ、武藤様。お待ちしておりました」

 出迎えてくれたのは、秘書の女の人。
 少しほっとしたような表情のその人に、ん?、と首を傾げるけど、取り敢えず挨拶した。

「こんばんは」
「社長が首を長くしてお待ちですよ」

 秘書の人はそう言って優しく笑い、次いで社長室のドアをノックした。

「社長。武藤様がいらっしゃいました」
「――――入れ」
「失礼いたします」

 キィ…と小さな音を立てて、ドアが開かれた。
 ドアが開ききり、その先に見えたのは勿論。

「海馬君……久しぶり」

 デスクに座って、パソコンの画面から視線をあげた海馬君が見えた。
 ちゃんと、笑えているだろうか。
 泣きそうな顔をしていないかだけが、心配だった。
 何時の間にか秘書の人は出て行って、部屋の中はボクと海馬君だけになった。
 ちょっとの沈黙の後、海馬君が口を開いた。

「其処に座っておけ。後少しかかる」
「うん」

 頷いたボクを見てから、海馬君はまたパソコンの画面に視線を移し、仕事を始めた。
 その姿をぼんやりと見つめながら、ソファに座った。

「――ん?」

 その時、ふと視線に引っかかったもの。
 ソファとの間に置かれた机に、何か小さな包みが置いてあった。
 なんだろうと、凝視する。
 形だけでは何か分からないが、とりあえずそれがプレゼントだという事は分かった。
 思わず小さく笑ってしまう。
 何故なら、その包みの上に置かれた小さなカードに海馬君の奇麗な筆跡で、『Happy Birthday』と書かれていたから。
 それをそっと手に取ろうとした時、上から声が降ってきた。

「―――勘違いするな。秘書が買ってきたんだ」
「海馬君」

 ちょっと拗ねたような声に、思わず顔を上げる。
 声とお揃いで、表情もそれに見合ったものだった。
 その表情が意味する所を何となく分かりながら、言った。

「うん、でも、このカードは海馬君が書いてくれたんでしょう?」
「……ああ」
「それだけで、嬉しいよ」

 ボクはにこっと笑った。
 それは強がりでも、気を使った訳でもなく、本当にそれだけで嬉しかったのだ。
 この文字を書いてくれた海馬君の気持ちが。
 力んだ所為か、少し滲んでいるこの文字が。
 たまらなく愛おしかった。

「ありがとう、海馬君」
「…ふん」

 そしてまた、薄らと頬を染める海馬君が、何よりも愛しいと思った。

「開けて良い?」
「ああ」
「プレゼントの内容も、秘書の人が決めてくれたの?」
「……ああ」
「そう。じゃあ秘書の人にお礼言わなきゃね」

 するするとリボンを解き、包装紙を丁寧に開いていく。
 そして全て取り去って見えたプレゼントは―――。

「………ハブラシ?」
「…そう、見えるな」

 まごう事無き、ハブラシ。
 わざわざ箱に入ってはいるが、一般のハブラシとどう違うのだろう。
 手にもって色々な角度で眺めるが、よく分からなかった。

「えと、プレゼントしてもらったのに言うのって何だけど……どうしてハブラシなんだろ…」
「…今日が虫歯予防の日だからではないか?」
「え、今日ってそんな日なの?」

 初耳だった。

(だとしたら……)

 ボクはくすくす笑いながら、言った。

「中々ユーモアのある人だね」

 そーゆー人は好きさ、と笑って、また包み直す。

「秘書の人にありがとうって、言っておいてくれる?」
「…あぁ」
「どうかした?」

 急にムスッとしてしまった海馬君に、問うが。

「別に何でもない」

 と素っ気なく言われてしまった。
 そう?、と海馬君の顔を見上げた時、視界に入った時計はもう六時近くを指していた。

「あ、海馬君、ごめん。今日はもう帰らなきゃ」
「そうか」

 理由を言わなくても分かってくれたようで、海馬君はただ頷いただけだった。

「では、車を出そう」
「え、良いよ。ボク歩いて…」
「今日くらい使え」

 そう言うと海馬君はボクの返事を待たずに内線で連絡を取り始めた。
 良いって言ってるのに…、というボクの抗議は口の中で消え、代わりに苦笑を浮かべた。
 一分もしないうちに受話器は置かれ、海馬君の顔がまた見れるようになった。
 其処でふとある事を思いついたボクは。

「ね、電気消してもらっても良い?」
「? …いきなりなんだ?」
「良いから。ね」
「…構わんが…」

 首を傾げながらも、海馬君はデスクに置かれたリモコンのボタンを押し、電気を消してくれた。
 これでどうだ?、と言う風にこちらを向いた海馬君。

(やっぱり、奇麗だ)

 改めて、思う。
 デスクの後ろの壁は全面ガラスになっており、キラキラと光る夜の童美野町を眺める事が出来る。
 そして、今日の月は満月。
 その淡い光に照らされた海馬君が、何とも奇麗で。

「誕生日プレゼント、ありがとう」

 自然と出てきたその言葉に、海馬君は僅かに困ったような顔をした。

「…秘書が用意したものだ。オレは何も…」
「うん、分かってる。でも、ありがとうって言いたかったんだ」

(何よりも、忙しいのにボクの為に時間を作ってくれた事に、ありがとうって言いたかったの)

 そう心の中で付け足して。

「もう少し一緒にいられれば良かったんだけど…また、今度ね」
「…ああ」

 約束、と言って海馬君に少ししゃがんでもらって、触れるだけのキスをした。

「続きは今度来た時に」
「……馬鹿」

 恥ずかしげに呟いた海馬君に少し笑った。

「今度来る時は、今日のハブラシを持って来い」
「……それって、泊まりに来ても良いって事?」

 その問いに、海馬君は何時ものように笑う。

「何時になるか分からんがな」

 それでも良い。
 ただそう言ってもらえた事が、無性に嬉しかった。

「そろそろ行け」
「あ、うん。じゃ、またね、海馬君」
「ああ」

 簡単な挨拶の後ボクは海馬君に背を向けて社長室を出ると、エレベーターに乗り込んだ。
 海馬君はまた仕事に戻ったのか、見送ってはくれなかったけれど。

「でも、今日は今までの誕生日の中で、一番嬉しかったなぁ…」

 エレベーターの壁にもたれて呟いた言葉は、嘘偽りない本音だった。





 その頃、海馬君がボクにくれたのと同じハブラシを社長室から繋がっているシャワールームに置いているなんて。
 最近仕事に忙殺されていた海馬君の機嫌がもの凄く悪くて、社員の人達が戦々恐々としていたなんて。
 それがボクが来た後は少しなりを潜めただなんて。
 そんな事、ボクは全然知らなかった。





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 20060604
〈キミとの出会いこそ、ボクの何よりのプレゼント。〉





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