Children's Day

[ 僕等はまだ、ピーターパン ]



『子どもの人格を重んじ、子どもの幸福をはかると共に、母親に感謝する』事を目的とする日とは?





  たまには良いでしょう?





 その日は至って普通の日になる筈だった。
 何時も通り起き、出社し、業務をこなす。
 そして帰宅し寝る。
 しかし、何処で何をトチ狂ったのか、何故かその日は普通ではなかった。





「………なんだ? これは」

 オレの視線の先には、封筒が一通。
 朝食を食べ終え、出社する為に洗顔も着替えも終えた時に、デスクの上に置かれているその封筒に気が付いた。
 じーっと見詰めるが、まったく見覚えがない。
 一瞬自分宛に来た私用の手紙かとも思ったが、そういうものは朝食の席でメイドが持ってくる事が慣習(つね)であるから、恐らく違うだろう。
 昨夜見た時には絶対になかったその怪しい封筒を不審に思いながらも手に取った。

「差出人の名はなし…か」

 表にも裏にも、差出人の名どころか宛先すら書かれてはいなかった。
 触れた感じでは普通に紙だけが入っているようだ。
 それを確認して。

  ビリッ

 ハサミもペーパーナイフも使わずに封筒を開封する。
 そして、中を見た。
 一枚の紙が二つ折りで入っていた。
 取り出して広げると。

「……は?」

 其処には―――。


海馬君へ

今日のお仕事お休みにしてもらったから、ゆっくり休んでね。午後にボク、海馬君の家の行くから。

遊戯より



「――――なんだとっ!?」

 意味を理解してオレは叫んだ。

(仕事を休みにしてもらった?)

「馬鹿な…!」

 手紙を握り締め、少しの間迷ったが、結局磯野を呼び出した。
 仕事を休みにしてもらったなど、遊戯の戯言だとは思うが。

「………」

 心の何処かで、遊戯ならそんな事をしそうだという嫌な考えがあったのだ。
 そして案の定。

「はい。今日、瀬人様はお休みの日でございます」

 磯野は、オレのスケジュールが書かれている手帳を開く事もなく言った。
 予想していた答えに、だが反発を覚えた。

「…何故だ?」

 意図せず声が低くなる。
 それがどんな効果をもたらし得るかを理解した上で、改めようとは思わなかった。

「何故、このオレに、断りもなく、事前に報告する事もなく、勝手に、今日が、休日に、なっているんだ?」
「え…と……む、武藤様のご提案により……」

 しどろもどろに言う磯野を、キッ!、と睨みつけ。

「オレは遊戯にそのような権限を与えた覚えはないぞ!」

 そして、スーツの上着を手に取ると、大股でドアへと向かった。

「あ、瀬人様何処へ!」
「無論会社だ!」

 振り返る事なく怒鳴り、部屋を出た。
 磯野も慌ててついてくる。

「で、ですから、今日はお休みだと…」
「納得できるかっ!!」

(何としてでも今日は出社してやる…!!)

 そう決意したオレの足を止めたのは、磯野の一言だった。

「ですが今日、瀬人様は社内に入る事は出来ないようになっています…!」

  ―――ピタ

「………なんだと…?」

 ゆっくりと、磯野の方に振り返る。

「どういうことだ」

 湧き上がる怒りを押し殺し、磯野に尋ねる。

「……せ、瀬人様のパスワードを…勝手ながら、本日限り無効とさせて頂きました…」
「―――――」

 社内に入るには、パスワードが必要だ。
 故に社員しか入れず、また情報漏れを防ぐ為にKCは網膜をパスワードとしている。
 KC社員は勿論、社長であるこのオレも、例外ではない。

(社長であるこのオレが、社内に入れない…?)

「…誰が…誰がそれを許可した!? 何の権限があってそんな事を…!!」

 力いっぱい磯野を睨みつける。
 磯野は何と言って良いものかと焦っていたが、結局、こう言っただけだった。

「午後に武藤様がいらっしゃいます。……その時に武藤様にお聞きください」

 知らずに唇を噛んでいた。
 血の味がした。





「遅いっ!!」

 遊戯が家に来たのは、午後二時。
 それだけでも怒りは増すと言うのに、更にそののほほんとした笑顔に怒りは頂点に達しようとしていた。

「海馬君、ボクを待っててくれたの?」
「ふんっ! 貴様に聞くしか方法がないからな!!」

 オレの言葉に嬉しそうに更に笑みを深くした遊戯に、オレは鼻息も荒くそう言った。
 途端、寂しそうな笑みに変わった事に少しばかり罪悪感が沸くが、それも仕方ないと言うものだ。

(オレは今日一日、仕事が出来なかったんだからな!!)

 そう心の中で言い訳して遊戯を睨みつける。

「さぁ、教えてもらうぞ、遊戯! 何故オレが仕事をしようとするのを邪魔する!?」

 遊戯が来るまで自問自答を繰り返したその疑問。
 けれど、答えなどまるで出てこなかった。

(理由がなかったら、八つ裂きにしてやる…!!)

 そんな事を密かに誓いながら、オレは遊戯に詰め寄った。
 詰め寄られた遊戯は、怖がるどころか目をパチパチと瞬いて、不思議そうに首を傾げた。

「今日、ほんとに仕事するつもりだったの?」
「当たり前だ!!」

 怒鳴るなんて優しいものではなく、殆ど叫ぶ勢いでオレは言った。

(何を考えているんだ…!)

 この海馬瀬人に、休む間があると思っているのか?
 今にも机には山のように書類が積まれている事だろう。
 オレが居なければ進まないプロジェクトも抱えているんだ。

(GWなんてものがオレには関係ないという事ぐらい、今までの付き合いで分からんのか!?)

「国民の休日なんてもので休める程、オレの会社は暇ではないわっ!!」
「……海馬君」
「何だっ!」

 噛み付く勢いで怒鳴るオレに、恐る恐るといった感じで、遊戯が口を開いた。

「海馬君って、何歳?」
「―――は?」

 いきなり……いきなり何を言い出すかと思えば…。

「十七だ」

 それがどうした!?、と遊戯を睨みつければ。

「子どもだよね」

 と、妙に納得したような顔で、頷きながら言われた。
 その言い方が、とてつもなく癪に障る。

「子どもではないわっ! 未成年と言え!!」
「でも、大人じゃないよね」
「法律で言えば、民法第四条により満二十歳をもって成年とされる。また、既婚者の場合、二十歳未満でも成年者とみなされるがな」
「…………兎に角、海馬君は未成年って事でしょ?」
「短く言えばな」

 あのね、と遊戯はオレを見上げて聞く。

「今日は、何月何日でしょう?」
「五月五日」
「何で今日は休みなの?」
「国民の祝日だからだ」

 オレの言葉に、そうじゃなくってー、と遊戯は呆れたように笑った。

「今日は、『子どもの日』、でしょ?」

 子どもの、日。
 子どもの人格を尊重し、子どもの幸福をはかると共に、母親に感謝する日。

「だからね、今日くらいは海馬君にも仕事、休んで欲しかったの」

 遊戯は照れたように笑った。

「その事をモクバ君と磯野さんに言ったら、海馬君は何時も働きすぎてるからたまには良いかもねって話になって、モクバ君が海馬君の会社に入る為のパスワード無効にしてくれたんだ。そうしたらいくら海馬君だって入れないからって。あ、モクバ君と磯野さんを怒らないであげてね。二人とも海馬君に休んで欲しかっただけなんだ。海馬君が忙しい事なんか百も承知だし、それはボクだって分かってる。だって、気付いてた? 前回会ってから今日会うまで、まる三週間、会ってなかったんだよ?」

(…気付いてた、なんて言ったら、どんな顔をするだろうか)

 思ったけれど、オレは何も言わなかった。

「…まぁでも、何の説明もなく海馬君から仕事取り上げちゃって、ごめんね」

 それで、すんごくイライラしてたって磯野さんから聞いたから、あまりゆっくり休めなかったみたいだね、と苦笑する遊戯。
 そして、ソファに座る為か、オレに背を向けた遊戯をそっと呼んだ。

「―――遊戯」
「なぁに?」

 くるりと振り返った遊戯に、たった一つ、質問した。

「今日、オレの仕事を取り上げたのは、『子どもの日』だから、だけか?」

 その問いに、遊戯は先ほどと同じように目を数回瞬かせると、 ふっと笑って、言った。

「まさか。―――海馬君に会いたかったからだよ」

 その答えに、オレは満足げに笑った。

「合格、だな」

(八つ裂きにはしなくて済みそうだ)

 そう口端を上げたオレに、遊戯は「え?」と、首を傾げた。
 しかしオレは遊戯に何も言わせず、遊戯を直ぐ後ろにあったソファへと押し倒す。

「か、海馬君?」

 少し焦ったような遊戯の様子に、更に笑みを深くして。

「遊戯、まだ今日は終わってないぞ?」

 そう、まだ五月五日は終わらない。

「……そうだね。じゃ、三週間分、海馬君と会える事を楽しまなくちゃね」

 そう言って、ニコッと笑った遊戯のキスを唇に感じた。





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 20060514
〈子どもでいたいと思ったことはない。大人になりたいと焦って生きてきた。けれどお前が言うなら、子どもでいてもいい気がした。〉





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