10月25日午前0時過ぎ
[ キミのいない世界 ]…誰でも良い訳じゃない。
I wish you many happy returns of the day !
その日もオレは寝静まった街の中を車に乗り家路についた。
オレが何時に家に帰るかは日によって違う為、メイドは十一時を過ぎれば就寝するように言っており、家に着けば当然誰一人として迎える者はいなかった。
その事に何かを思う程子どもではなかったし、それに疲れが体に蓄積しすぎていて、兎に角眠りたかった。
何とかシャワーを浴び、ベッドに体を投げ出す。
「……疲れ、た…」
その言葉を口に出したのか心の中で言ったのか、それさえ分からなかった。
そんなオレがそれに気付けたのは、眠りが浅い習慣からかもしれない。
「……ん…?」
声が聞こえた。
押し殺したような、小さな声が。
けれど、オレが寝たのは確かオレの部屋だった筈で、だからモクバ以外の誰かの声を此処で聞く事は滅多にない。
意識が浮上するにつれ最初は微かだった声は確実に大きくなっていき、声を聞き取ろうと耳を澄ませば、その声は何処かで聞いた事がある気がした。
そう考えてうっすらと目を開けたオレは、一瞬にして眼を覚ます事が出来た。
「………………何故?」
オレのその無意識下の呟きに、耳聡い奴等は気付いたようで。
「あ、海馬君っ」
「起きたのか、海馬」
ベッドから少し離れた場所で何かを相談していた二人の人間。
暗い中でも見えた顔は、二人の遊戯の顔。
「…貴様ら、分裂したのか?」
確か目つきの悪い方の遊戯は古代エジプトのファラオとかなんだとか言っていて、本体である武藤遊戯のもう一つの人格としてしか存在していなかった筈…。
それが何故、はっきりとオレの目にも見えるように実体化して存在しているのか。
そんなオレの問いに、二人は心底驚いたように目を見開いた。
「え、分裂って…ボク達の事? 海馬君」
「まだ寝ぼけてるのか?」
「まぁ、双子だから殆ど同じ容姿だし、分裂したようにも見える、かな?」
「しかし初対面ならいざ知らず、海馬は何度も会ってるんだぜ? そりゃないだろう」
「海馬君もお仕事で疲れてるんだよ、きっと」
「あぁ、そうかもな。そう言えばモクバが嘆いてたぜ。『兄サマが休んでくれない』ってさ」
「あ、それはボクも聞いた。磯野さんからだけど」
「…おい、貴様ら。何の話を―――」
「って、相棒! 時間が無いぜ!」
「え、あ、本当だ!」
急に時間を気にしだした目つきの悪い遊戯に、子どものような遊戯もポケットから時計を出して慌てだした。
「ど、どうしたのだ」
「どうしたもこうしたもないよっ!」
「時間が無いんだ、海馬!」
「時間? 何の…」
「あぁもうっ、そんな説明をしている暇も無いくらいの時間だよ!」
「説明は後だ。行くぜ!」
「ちょっ…!」
二人に挟み込まれるように腕を引っ張られ、部屋の外へと連れ出される。
突然の事への困惑と反発からオレは叫ぶように言う。
「何処へ行くつもりだ!? しかもオレは今パジャマで―――」
そう言いかけて、けれどオレはそれ以上を言う事は出来なかった。
(何時の間に…?)
オレはパジャマなど着ておらず、休日に家で過ごすようなラフな格好をしていた。
確かにシャワーを浴びた後パジャマを着た筈なのに…。
その事に気をとられているうちに目的の場所に着いたらしく、急に二人の遊戯は立ち止まり、オレは少しつんのめって足を止めた。
「こ、此処は…ダイニングルーム?」
「そ。あぁ、良かった。時間通りに着く事が出来たな、相棒」
「ね。ちょっとどうなるかと思ったけど」
良かった良かった、と笑い合う二人に、オレは眉を顰めた。
「貴様ら…何を企んでいる? オレを此処に連れてきてどうするつもりだ」
屋敷の中はまだ闇で支配されており、恐らく屋敷の外もまだ闇で覆われている時間帯だろう。
そんな時間に何を…。
大体何故こいつらは此処に居るんだ?
こいつらを招き入れる者は居ない筈なのに。
オレの問いに二人の遊戯はニヤリと笑ってドアの取っ手に手をかけた。
「海馬君、その答えは」
「中に入ったら分かるぜ」
その言葉が終わる前に、二人は見事とも言える同じタイミングでそのドアを開けた。
中から廊下に眩いほどの明かりが漏れ、オレはいきなりの光に目を細めた。
そして形を成し始めた部屋の中には。
「兄サマっ」
モクバを筆頭に、様々な人間が居た。
何時も遊戯と共にいるクラスメート連中、イシズやペガサスに至るまで。
そいつらがモクバの小さな「せーのっ」と言う声に合わせて、大きく合唱する。
『ハッピーバースデーッ!!!』
全員によるその言葉に返す言葉も思い浮かばず、ただ驚いているオレを見て「してやったり」と笑い合う二人の遊戯を睨みつけて―――。
「―――夢から醒めた」
「はぁ…」
城之内は呆れたようにそう相槌を打った。
それも仕方が無いと言うもので。
「えーっと? その夢の話をする為に、お前はその夢を見て速攻家を出て今日という日が始まったばっかりの午前〇時ちょっと過ぎにオレの家へ現れて、今日の三時には起きなきゃいけないオレを叩き起こした、ってか?」
城之内は眠かった。
海馬とはまた別の勤労学生である城之内は二〇分程前に終わった一日のうち、二時間くらいしか寝ていない。
それは、掛け持ちしている仕事の殆どが運悪く昨日に集中してしまった所為であった。
その為今日こそはしっかり寝ようという思惑をぶち壊してくれた海馬に、城之内は少しばかり苛立っていたのだが。
「あぁ」
「…ですよねー」
あまりにも
「それに…夢の中に、お前は居なかったから」
え…、と顔を上げたその先を見て、城之内はちょっとだけ瞳を見開いて、そして、しょうがないな、と言う風に微笑した。
その笑みは、淡く優しい。
「遊戯が二人は居たのに」
「……うん」
「真崎杏子や本田ヒロト、獏良了、御伽龍児は居たのに」
「…うん」
「イシズ、マリク、リシド、孔雀舞、ペガサスまで、居たのに」
「うん…」
「お前は、居なくて」
「ごめん」
(あぁまったくオレの恋人は。傍若無人で唯我独尊で何処までもオレ様な奴で、なのに、夢の中にオレだけが居なかった事に不安で泣きそうな顔をしているなんて、きっと気付いてやしない)
「ごめん」
こつん、と城之内は海馬と額をくっつける。
少し潤んだ海馬の蒼い眼がぱちぱちと瞬きをした。
「ひっでぇ恋人だよな、オレって」
そうだ、今日は海馬が願う事をしてやろう、と城之内は心に決めて。
(あぁけれどその前に伝えてやらないと)
「瀬人」
この日、一番に言うチャンスをくれたお礼に。
此処に居る海馬へのお礼に。
「ハッピーバースデー」
(生まれてきてくれて、ありがとう。出会えた事に、感謝を)
そして。
「……遅いわ、凡骨め」
少し掠れた声を出した海馬に、城之内はこれからを誓うように、キスをした。
20071025
〈君がいるから、僕がいる。 〉