気付いて
[ 告白は夕焼けに消える ]何時か届けば良い、この想いが。
俺は知ってる、お前の事。お前は知ってる? 俺の事。
「うわ、今日も海馬君、機嫌悪そうだね…」
「そうか?」
「だって、こーんな皺、寄ってるもん」
そう言って、遊戯は頑張って眉間に皺を作ってムスッとした顔をした。
その頑張りに少し笑いながら、オレも海馬を見る。
遊戯が言っていた通り、横顔から分かるほど海馬は眉根を寄せて、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
(あぁ、けれど)
違うぜ、遊戯。
あれはただ格好だけなんだ。
だってほら、本当に苛々してる時の、指で机をトントンってする癖が出てないから。
不機嫌そうな顔をしていたら、教師ですら話しかけない。
海馬は余計な話はしたくないから、そう見せてるだけなんだぜ?
本当の所は、結構ご機嫌な様子。
仕事が順調にいってるって証拠だな。
「あれぇ? 海馬君は?」
「どうした、御伽」
「うん。ちょっと仕事の事で話があってさ」
「いねぇな」
「そうなんだよね…帰ったって訳じゃないらしいんだけど」
「鞄あるもんな」
「っていうか凶器」
その言葉が的を射すぎてて、御伽と二人、笑った。
「多分、昼過ぎたらまた教室に戻ってくるぜ、あいつ」
「え?」
聞き返してくる御伽に背を向けて、オレは教室から出た。
二限目と三限目の間の休み時間、あいつは何時だっていなくなる。
ふらっと何処かへ行ってふらっと何時の間にか戻ってきている。
何処へ行っているのかは未だに不明だけど、何時か必ず見つけてやる。
「ねね、城之内」
「……んだよ、杏子」
古典の授業中、隣の杏子に起こされた。
「寝てる場合じゃないわよ。右斜め前、見てみなさいよ」
「ん?」
小声で楽しそうに、そして少し驚きも含めた目で言われて、そちらに目をやった。
「………あ」
海馬が、寝てた。
頬杖ついて、ノートを見ているかのような姿勢で、しかもシャーペンは持ったまま。
「……器用なヤツ」
小さく笑って、でも直ぐに寝る姿勢に入った。
「え、城之内、見なくて良いの?」
「何で見るんだよ……」
「だって、海馬君が寝てる所なんて、一生に一度見れるかどうかよ?」
「……別に良い」
そう言って、顔を腕の中に埋めた。
知らないのか? 杏子。
海馬って結構授業中寝てるんだぜ?
でも、ぼんやりとは起きてるのか、周りの気配に敏感なのかは知らないけど、集中して寝るタイプじゃない。
ちょっとした物音で起きるから、海馬が寝てるなんて余程注意してなきゃ分からない。
(だから、誰も知らない)
海馬の睫が意外に長い事に。
茶色の髪の毛が、さらさらだという事に。
目を閉じると、海馬が幼く見えるって事に。
(多分絶対、オレだけが知ってる)
「おい獏良、掃除行こうぜ」
「あ、うん」
「……どうした? 何か嬉しそうだな」
「え、あー、嬉しいって言うか、新しい発見したな、みたいな」
「何が?」
「あのねー、海馬君ってさ、歩幅が何時も一緒なんだよね」
「…へー」
「何時見ても同じ間隔。それに、ドア開けて教室出る時、絶対に左手で髪の毛かきあげるんだ」
「ふーん」
「ん? どしたの、城之内君」
「別に。さぁって、さっさと掃除、終わらせようぜ~」
「そだね!」
そう言って掃除用具入れに駆けだして行った獏良の背中を見ながら、深呼吸する。
苛々するのは、きっと気のせいなんかではないから。
だから、深呼吸。
「………そんな事、とうに知ってるぜ、獏良」
小声で、そう呟いて。
「城之内、帰ろうぜ」
「おう」
「久しぶりにあそこのゲーセン行くか?」
「そう言えば、新しいのが入ったって」
「そうなのか?! じゃ、みんなで行こうぜ!」
本田は思い立ったら吉日と、遊戯達を探しに教室を飛び出していった。
そんなに慌てんなよ、と苦笑してから空っぽの鞄を机に乗せる。
どうせみんな此処に来るのだから待っていよう。
放課後の教室は、段々オレンジ色に染まっていく。
本田が飛び出して行ってから約五分後、教室の扉が開かれた。
戻ってきたのかと思い何気なく目を向けると、其処には海馬が居た。
「……もう帰ったんじゃなかったのかよ」
少し驚いた声で言うと、海馬は「フン」と言って自分の机に近付いていった。
「忘れ物か。お前らしくねぇな」
「煩い。勝手にオレを作るな」
海馬の声は空気をも切りそうな冷たい刃だと、常々オレは思ってた。
まさに一刀両断。
けれど、その声にもいくつかのパターンがある事も、オレは知ってた。
今はそんなに機嫌が悪くない時分らしい。
忘れ物は早く見つかったらしく、海馬はそれを制服にしまうと、さっさと元来た道を引き返し始めた。
そして丁度、海馬の指先がドアを開けようと伸ばされた時。
「次、何時来るんだ?」
静かに聞いた。
海馬の動きが、止まる。
しばらく何とも言えない沈黙が、オレ達の間を漂う。
その静けさを破ったのは、海馬だった。
「知ってどうする」
試すような物言いに、少し目を細めて考えた。
けれど、気の利いた言葉が思いつかない。
だからオレは、極々自然に、本音を口にした。
「会いたいなって思って」
けれど真面目に言うのも恥ずかしいので、少しおどけたように。
途端、海馬がドアを開けた。
その背を、オレはただ見つめて。
海馬は出て行きかけた足を止めて、オレの方を向かずに言った。
「来週木曜日。昼までだ」
そう言い放って、海馬は今度こそ本当に、教室を出て行った。
「来週木曜の昼まで、ね」
噛み締めるように繰り返し、オレは口元だけで笑った。
知らねぇだろ、海馬。
お前気付いてないだろうけど、オレって結構お前の事知ってるんだぜ?
例えば機嫌の良い時、声のトーンが微妙に高くなったりするとか。
出席日にある程度の規則性がある事とか。
字は読みやすくはっきり書くとか。
表の遊戯がちょっとモクバに似てるから苦手だってのも。
オレ、お前の事知ってるんだぜ。
だからさ、気付けよ。
(なぁ)
「好い加減、オレがお前を好きだって、……気付けよな」
誰もいない教室に、その小さな呟きは大きすぎて。
好きになった時期なんて知らなくて良い。
好きになった理由なんか解らなくて良い。
(けれどどうか、オレがお前を好きだって事は知ってて欲しい)
それは今じゃなくて良いから。
何時かで良い。
(この想いが、お前に届きますように)
『オレはお前が、好きです』
20060702
〈お前に直接言う勇気は、まだないから。〉