暑中御見舞い申し上げます
[ 遠い国から、夏の挨拶 ]とてとて、と足音を立てながら廊下を歩くモクバは、手に持つ何かを不思議な顔をしながら見ていた。
「どうした、モクバ」
「あ、兄サマ」
おかえりなさい、と笑うモクバの頭を撫でて、その手元に視線を落とす。
小さな手の中には。
「ハガキ?」
「あ、うん。これ、うちのポストに投函されてたんだって。でも…」
ちょっと見て、とモクバが俺にそのハガキを渡してきた。
「住所が書かれてないな…」
文字一つ書かれていなかった。
それでよく届いたものだと、いっそ清々しいほどに何も書かれていないその紙面を捲れば。
「――…これ、は」
様々な色彩が踊る紙面。
それはまるで、どこぞの国の憩いの場のような。
そして、脇の方に小さく文字らしき模様が見える。
「綺麗なんだけど…、やっぱり配達ミスかな」
モクバがやれやれと言った顔でそう結論付けるが。
「…いや、ここへのハガキに間違いない」
「どうして分かるの?」
聞いてきたモクバの頭をさっきのように撫でるだけで、俺は何も言わなかった。
自室に帰って窓の外を見た。
『しょちゅうみまい、って何だ?』
今日も空は青く澄み渡り。
『へぇ。日本の風習は面白いな』
太陽は燦々と誇らしげに輝いている。
『俺もやってみたいぜ』
そうニコニコと笑った奴は、太陽に似ていた。
「…馬鹿め。今の時期は暑中見舞いではなく残暑見舞いだ」
どうやって送ってきたのかは知らない。
きっと非ィ科学的な方法でも使ったのだろう。
だが絶対に差出人は奴だと俺は言い切る事ができた。
(何故なら古代文字を使って俺を口説く者など、世界広しと言えど奴しかありえないのだ)
「本当に、馬鹿だな」
そう呟く声と窓に映った自分の顔は、敢えて無視する事にした。
20070822
〈目を瞑る。瞼の裏には砂の国とオアシス。あぁ嘗ては自分も彼処にいたのだと、懐かしく思って笑った。〉