博戯
[ 天秤に掛けたのは貴方の愛と ]『じゃあ、賭けをしようぜ?』
『―――良いだろう』
両者は自信ありげにニヤリと笑った。
ゲームスタート
ある日海馬の仕事場へ奇襲をかけ、暫くの乱闘の末に海馬に部屋にいる事を許可させたオレは、ソファに寝転がってゴロゴロしていた。
勿論、此処まで来てそんな事をしに来た訳ではない。
ちゃんと目的があるから、機嫌が悪いとオーラのみで主張する海馬の所に居るのだ。
ちらりと海馬を見やると、それはそれはキーボードを叩き壊しそうな勢いで文字を打っていた。
すこぶる機嫌が悪いらしい。
(ま、オレの所為だけどな★…って言ってる場合でもないぜ…)
軽く息を吐いてオレは覚悟を決める。
少し緊張しながら、けれど海馬にそれを悟られまいと持ち前のポーカーフェイスで仮面を被り、海馬に話しかけた。
「なー海馬ー」
「………なんだ」
仕事中の為かそれとも返事をしようかしまいかで悩んだのか、兎に角少しの時差の後、海馬は面倒くさそうに口を開いた。
「六月四日って、来週だよな」
「…それがどうした」
イライラと、机を指できつく叩く音がした。
(あはは…怒っていらっしゃる……)
けれど此処で海馬の怒りのオーラに負ける訳にはいかない。
そう自身を奮い立たせて。
「その日相棒の誕生日なんだ。だから――」
「だから、なんだ? オレは関係ない。それとも何か? オレに貴様の相棒の誕生日パーティでも催せと?
「いや…誰もそこまで言ってないから…」
つーか、誰もそんな事言うつもりもありませんから。
とは心の中の声。
実際に言う勇気はいくらオレでもない。
「違う違う。その日は相棒の誕生日なんだが、ついでにオレの誕生日もその日って事になったんだ。―――ほら、オレって誕生日分からないからさ」
この間、相棒が城之内君と誕生日パーティの話をしていたのを聞いた。
誕生日ぱーてぃとは何だと聞いたら、相棒は生まれて来てくれてありがとうと感謝する日なのだと言った。
そして続けて、キミの誕生日は何時だろう、と言われて、オレは覚えていないと答えた。
すると相棒は、じゃあボクと一緒の日で良いよね?、と聞いてきた。
ボクとキミは双子みたいなものなんだから、と。
ね!、と笑顔で言われて、オレは、ありがとう、と言った。
ごく当たり前の事のように言ってくれた相棒の言葉が、凄く嬉しかった。
「だから、オレの誕生日も六月四日なんで、ヨロシク」
「何を?」
ふと、仕事の手を休めて海馬がオレを見た。
オレは体を起こして足を組み、不敵に笑うと。
「誕生日ぷれぜんと、ってヤツ。誕生日が来た人に、友人知人が贈り物をする習慣があるそうだな」
「何故このオレが…! 貴様の友人でも知人ですらありたくないわっ!!」
怒鳴る海馬に、オレはワザとらしく溜息を吐いた。
「友人でも知人でもなくても良いけどな、それよりもお前はもっと重要な位置に居ると思うんだが」
「何を馬鹿げた事を…」
怒った風に言う海馬。
けれど、その赤く染められた頬と途中で途切れた言葉が、オレが何を言いたいのかちゃんと分かっている証拠。
そんな海馬に少し笑って。
「ま、兎に角だ、ぷれぜんと楽しみにしてるからな!」
「……友人同士の贈り物とは普通、他者の自主性によるものであって、要求するなど――」
「細かい事は言うなよ、海馬」
足を組み直して、ぶちぶちと呆れたように文句を垂れる海馬。
勿論、自主的に海馬がオレにプレゼントをくれる方が良いに決まってる。
けれど、この我が侭で恥ずかしがり屋で、と言うかそもそも「誕生日? だからどうした。人口が一人増えただけの事だろう」と確実に思っているだろう海馬に自主性を期待していたら、オレは絶対にぷれぜんとなる物を貰えない。
断言できるぜ。
「あ、言っておくが、DEATH-T再来!、とか、生死に関わる贈り物はいらないからな」
「……チッ…」
オレの言葉に残念そうに微かに顰められた眉と小さな舌打ち。
(…今舌打ちしたか? 確実にオレが言わなきゃするつもりだったな。恐ろしい奴……)
念の為に言ってみてたが、本当に言ってよかった。
恋人の誕生日になんて物を贈りつけようとしてるんだよ…。
「時々お前の愛を疑いたくなるぜ…」
「……何か言ったか? 遊戯」
「いーや、何も」
ギンッ、と睨みつけられたが、軽く受け流す。
その時ふと思いついた名案。
これなら…と、海馬を見る。
「じゃあ、賭けをしようぜ?」
「…賭け?」
「ああ。お前がくれるぷれぜんとってヤツを当てるゲーム。それをオレが当てられるかの賭け」
聞いた瞬間、海馬の瞳が鋭くなる。
ゲームと名のつくものを特別視する、根っからのゲーマーだと、こんな時よく思う。
オレもまたそうであるように。
「勿論、オレが当てられたらオレの勝ち。オレが当てられなかったら、お前の勝ちだ」
単純明快なルール。
さぁ、どうする?
「―――良いだろう」
ニヤリと笑った。
帰り道、ゆっくりと道を歩きながら考える。
「さぁて…海馬は何をくれるのか…」
いくら恋人とはいえ、海馬の思考は察しにくい。
デュエルする時ほど、普段の海馬は感情を表に出さないからだ。
更に、商談や取引などで培われたオレ並のポーカーフェイス。
「と言うか、それ以前の問題で、海馬の感覚を理解できん」
特に金銭感覚とブルーアイズに対する異様なまでの愛情が。
たまに服のセンスもどうかと思うが、まぁ似合うので此処では問題にしない。
「本当に何をくれるのやら…」
できれば、オレが理解できるのが良い…。
そう願うが、それが叶うかどうかは、海馬次第だ。
見上げた先の夜空に点在する星に少し本気で願ったが、
そして、運命の日の前日。
『なー相棒。海馬、何くれるんだろう』
オレはまだ、悩んでいた。
ふわふわと空中で彷徨いながら相棒に聞く。
雑誌を読んでいた相棒だが、オレの呼びかけに顔を上げてくれた。
「難しい問題だね。何せ海馬君だし…」
相棒も見当がつかないようで、眉根を寄せてうーんと唸った。
「海馬君、って所がネックなんだよね。城之内君とかなら頑張れば分かる気もするんだけど」
『確かに』
そして二人揃って頭をひねる。
その状態に飽き始めた頃。
「あ、もしかして――」
相棒がポン、と手を叩いた。
時は瞬く間に過ぎ、現在六月三日の二三時五〇分。
ベッドの上で胡座をかいているオレは、時間を確認して、また視線を手元に戻した。
さっきまで二人でデッキを構築していたのだが、相棒が先に寝てしまったので今は一人でデッキの調整をしていた。
そうして時間を潰しながら、何度も時計に目をやってしまうので中々時間が進んでいないように思えてしまう。
「後五分か…」
思わず呟いて、けれど時間が早まる訳でもない。
秒針を睨みつけて、心の中でカウントダウン。
(10、9、8、7、6、5、4、3、2、1)
「はっぴーばーすでい、だぜ」
そう呟いた瞬間。
プルル…
机の上にあった携帯電話が鳴った。
オレは即座に通話ボタンを押して出る。
「もしもし、海馬?」
『――っ!』
プッ、ツーツーツー…
「あ、切れた」
ワンコールで出た通話は、オレの一言で切られてしまった。
けれど、それによってオレの考えが正解である事が分かった。
ニヤリと笑って、オレはリダイヤルを押す。
プルル、プルル…
『……なんだ』
「おい、いきなり電話切るなよ。ビックリするだろ?」
『…どうして分かった』
そう困惑気味に聞いてくるのは、勿論海馬。
勝利を確信して、オレは言った。
「勿論、愛の力」
『殺すぞ』
間髪入れずに聞こえた返事に、嘘だって、と言って説明する。
「最初は、とんでもない物でもくれるのかと思ったけどな」
気付いたのは、相棒だった。
『海馬君の事だから、キミが誰かに何かを貰うよりも、先ず自分がプレゼントを贈りたいって思うんじゃないかな。多分、どんな事でも海馬君は誰にも負けたくないって思うだろうし…。律儀に六月四日になった瞬間に何かしでかすかもね』
それを聞いて、オレは確かに、と思った。
「そこから考えたら選択肢は自然と限られてくるからな。お前のプレゼントは、〈誕生日になった瞬間に電話かける事〉、か?」
静かにオレの言葉を聞いていた海馬は、フッと笑った後。
『…褒めてやろう』
「そりゃどーも」
機嫌良くそう返したオレだが、続く海馬の言葉に驚いた。
『しかし、賭けはオレの勝ちだ』
「何…? どういう事だ?」
『お前の部屋の窓から、下を見てみろ』
「下?」
首を傾げて、ベッドから降りると窓から顔を出し下を見る。
「え…!?」
其処には。
『叫ぶな。近所迷惑になる』
何時も世間様に迷惑をかけているお前が言うな―――なんて思ったが、確かに叫びそうになったのは事実だったので、海馬の忠告は有り難かった。
「な、なんでお前が此処に…」
そう、オレが見た先に海馬が居た。
会社帰りなのだろう、スーツ姿で何時も乗っているリムジンの傍に立っていた。
その海馬が、真っ直ぐとオレに視線を投げてくる。
『オレの勝ち、だろう?』
既に勝ち誇ったように言われて、けれど悔しさは感じない。
「…あぁ、完敗だ。まさか、お前が来るなんてな」
予想すら、してなかった。
「―――すっごく嬉しいぜ」
誕生日のプレゼントは良いものだと、相棒は言っていた。
とてもとても嬉しいものだと。
聞いた時はよく分からなかったけれど、確かにそうだ。
とてもとても、嬉しい。
「ゲームに負けて嬉しいなんて…初めてだぜ」
多忙である恋人が、わざわざ時間を割いて来てくれたのだ。
本当に、嬉しかった。
そう言った時、海馬はニヤリと笑った。
『これだけだと思うな』
「え?」
『寝間着から着替えろ。五分だ。時間内に来なかったら連れて行かんぞ』
「………それって…」
『良いのか? こうしている間にも時間は減っていってるぞ』
「わ、分かった! 待ってろ!!」
電源を切って、猛スピードで私服に着替える。
時間を気にする傍ら、海馬の言葉を思い出して。
(とてもとても、幸せだと思った)
20060625
〈全速力で階段を駆け下りる。ドアを開け、鍵をかけ忘れそうになる失態を犯しながら、オレは海馬の許へと走る。あぁいつだってそうだ。オレはどんなにみっともなくても、全力で海馬を求めてる。〉