4月1日

[ 嘘吐き注意報発令中! ]



 カタカタカタ…、と室内にキーを叩く音が微かに響く。
 画面からの青白い光に照らされているのは、海馬コーポレーション社長の海馬瀬人。
 時間は既に退社時刻を過ぎ、一日が終わろうとしている頃だった。

「ふぅ…」

 一息吐き、ずっと休めずに動かしていた手をようやく止めた。
 そしてパソコンをシャットダウンすると椅子に全体重をかけ、目を瞑る。
 声には出さないものの、その姿がどれだけの疲れを蓄積しているかを物語っていた。
 休日などというものを最近取っただろうか、とふと疑問に思ったが自嘲してその疑問を振り払う。
 休んでる暇はない、この海馬瀬人には。
 そっと目を開け身体を起こす。

「後は…明日の会議の書類か……ん?」

 不意に机上の時計に目がいった。
 それは、時間と共に今日が何月何日何曜日だという事も表示するタイプの時計。

「……三月も後少しだな」

 四月になればまた新年度が始まり会社も忙しくなる。
 モクバがまた新しい学年になるな。
 …あぁ、そう言えばオレも進級する。
 そんな事を思いながら立ち上がると、帰る為に書類を手に取った、その時。

「四月…そうか、四月か」

 楽しい事を思いついた子どものような笑みとは程遠い笑顔で、海馬はクククと笑った。





  万愚節の滑稽譚





 ある土曜日。
 遊戯はカウンターで一人の客も居ない店内を眠たげに見ていた。
 昨夜は翌日が土曜日と言う事で思い切って夜更かしをしたのだ。
 まさか朝早く起こされて店番を頼まれる事になるとは、思ってもいなかったから。

(まったくじいちゃんも困ったもんだよ…。店番頼むんなら前から言っとこうよ……)

 ふぁあ…、と欠伸を隠しもせず遊戯は心の中で文句を言う。
 それを見ていたもう一人の遊戯が『相棒…』と呼んだ。

「なぁに? もう一人のボク」
『眠そうだが、大丈夫か? 何だったらオレが店番するぜ』
「ん~~…寝たの明け方だったからね。でも大丈夫だよ」

 なんとかなるなる、と遊戯はへにゃと笑ってもう一人の遊戯に言った。
 しかし、笑った瞬間に気を緩めた所為か、急に強い眠気が遊戯を襲い―――。

  ゴンッ!!

「~~~~!!」
『だっ、大丈夫か、相棒!?』

 カウンターに額を強打した。
 流石に遊戯も大丈夫とは言い切れず。

「……ごめん………痛みが引くまで……お願い…」
『あ、あぁ』

 心配そうなもう一人の遊戯に、笑顔を見せる余裕もなかった。





「…いぼう、…相棒っ!!」
『ん?』

 遊戯が心の部屋へ引っ込んでから数時間後くらい経った頃、もう一人の遊戯の呼ぶ声が聞こえた。
 心の部屋から出て現実世界に出てみると、

『……どうしたの?』

 喜色満面のもう一人の遊戯が眼に飛び込んで、滅多にそんな顔をしない彼に遊戯は目を見開いて驚いた。

「電話があったんだぜ!」

 そう言ってカウンターに置いている電話を嬉しそうに指差して、もう一人の遊戯は言った。

(………嬉しそうに言うもう一人のボクには悪いけど、それがどうしたんだろう…)

 一応店を経営している訳だし、電話は結構掛かってくる。

(そう言えば初めて電話を使った時も、もう一人のボク、同じような反応してたね。でも、もう使い慣れてきてる筈だから電話が使えて嬉しいって事はないだろうし…)

 心の中で首を傾げるが、そこでふと思いついた。

(いや、もう一人のボクがこんな顔をするって事は……)

 もしかしてと思い聞いてみる。

『海馬君から?』

 その問いにもう一人の遊戯は更に笑みを深めて「ああ!」と力強く頷いた。
 なるほどね、と遊戯は嬉しそうなもう一人の遊戯に笑いかける。

(電話一つで何時もはクールなもう一人のボクをこんな風にしちゃうなんて……ちょっと妬けるなぁ)

 そう思うものの表情には出さず、代わりに『なんて言ってたの?』と聞いた。
 すると、よくぞ聞いてくれた!、とばかりに、もう一人の遊戯は体ごと遊戯に向けると、口を開いた。

「海馬が!」
『うん』
「あの海馬が!」
『うん』
「オレに『愛してる』って言ったんだぜ!!!」
『―――――え?』

 遊戯もある程度は想像していた。
 もう一人の遊戯がこれ程嬉しそうにしているのだから、何時もは絶対に言われないような事を言ってもらったんだろうな、と。
 しかし。
 はっきり言って予想外だった。

『え、何? キミ、海馬君に罰ゲームとしてそんな事言わせたの?』
「~~~~相棒っ」
『あ、違うよね。ごめんごめん』

 慌てて謝るものの、遊戯は半信半疑だ。
 それを感じたのか、もう一人の遊戯は遊戯はむくれたように言う。

「最近海馬が忙しくて会いに行ってないし、学校にも来てないから全然会わないぜ。それにオレ達が電話でゲームなんてする訳ないじゃないか」
『それもそうだねぇ』

 敢えて訂正するなら、もう一人の遊戯と海馬の場合、「電話でゲームをしない」のではなく、「電話なんかでゲームはできない」のだけれども。
 そこを軽く黙殺して遊戯は頷いた。
 しかし、いきなりどんな風の吹き回しだろうか。
 遊戯の知る限り、海馬はそんな事を言うような人間ではない。
 罵詈雑言なら何時でも準備OK!、な海馬だけれども、そういう言葉は強制でもしない限り言わないだろう。
 そこで遊戯はふと気がついた。

(………なぁんだ、そういう事か。ふふ、海馬君らしくないけど)

 分かれば凄く簡単だ。
 けれどもう一人の遊戯は分からないだろう。

(まだもう一人のボクはそういう細かいの、知らないんじゃないかなぁ)

 いきなり笑い出した遊戯に、もう一人の遊戯は「相棒?」と首を傾げる。

(ま、海馬君も気づいてると思う…っていうか絶対確信犯)

 笑いの発作は収まらない。

「相棒? どうしたんだ?」
『ん? 何もないよ。ただキミも意外に海馬君に愛されてるんだなって思ってさ』
「まぁ、普段表に出さないけどな!」

 嬉しそうに笑うもう一人の遊戯を見て、遊戯はにっこりと含みのある笑みを見せた。

(残念だけどボクは何も言わないからね、海馬君)

 そっと心の中で呟くと、もう一人の遊戯の海馬談に耳を傾けた。





 電話をした当の本人の海馬は、その日とても愉快な気分で仕事に励んでいた。
 お陰で、珍しく退社時刻に帰れるだろうというくらい仕事が捗った。

(ククク、奴はどんな気分で今日一日を過ごしたんだか)

 最後の書類も作成し終えた海馬は機嫌良くパソコンを閉じた、丁度その時。

  バタンッ!!

「海馬!!」
「ゆ、遊戯?」

 勢いよくドアを開け入ってきたのは、電話を掛けた相手の方の遊戯だった。
 何時もの、…いや、何時もよりも更に気迫溢れるその姿に、海馬は目を見開く。

(何故此処に居る!? 意気消沈しているんじゃないのか!?)

 いきなり現れた遊戯に何時ものように対応出来ず、海馬はみすみす遊戯に近付くチャンスを与えてしまった。
 そして遊戯は海馬に抱き付くと、嬉しそうに叫んだ。

「海馬! オレも愛してるぜ!!」
「何ィ!!?」
「いや、お前がオレを愛してるのは前から知ってたけど、お前中々口に出して言ってくれないし」
「は?」
「晴れて心置きなくヤれるな!」
「なんだと!?(だいたい、遠慮したことなんてないだろうがっ)」
「今日の電話、嬉しかったぜ!!」
「!!」

 海馬は驚愕した。
 知らされていないのか!?

「き、貴様ッ、もう一人の遊戯から何も聞いていないのかっ!!」
「え? 何を?」
「今日は四月一日だ!!」
「……………それが?」

 かくん、と首を捻る遊戯の胸元を海馬は掴み叫んだ。

「エイプリルフールだ!!!」
「えいぷ…り…?」

 くっ…武藤遊戯め…!!
 何故この馬鹿に知らせてないんだ!
 どうせコイツの事だから自分の胸の中に閉まって置くという考えなどないだろうと思ってわざわざ昼に電話したというのに!!
 昼ならばいくら貴様らとはいえ起きていると思ったから…!!
 喜んでいるこの馬鹿に武藤遊戯が真実を教えて落胆するというシナリオが台無しじゃないか!!!
 怒りに震える海馬のその脇で遊戯は腕を組んで考えていたが。

「ま、いっか」
「何っ?」
「知らない事を何時までも考えていても仕方ないぜ。それよりも…」
「っ…」

 ニヤリと笑う遊戯に、海馬は嫌な予感がした。
 それと同時に感じる身の危険。
 けれど体は動かない。

「愉しい事しようぜ☆」
「!!」

 そんな二人のエイプリルフール。
 嘘を吐いても怒られませんが、エイプリルフールを知らない人をひっかけようとすると自分が大変な目にあうので、ご注意を。





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 20060401
〈嘘でも嬉しかった、と奴は言う。優しく、けど寂しさ棚引くその笑顔を前に、どうして嘘のままにしておけるだろう。〉





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