輪廻
[ 僕等は行くんだ、過去を、現在を、そして、未来を ]アイツは何でも無いような顔をして幾多の朝を乗り越えて、何度も苦しい夜を過ごした。
それはアイツの傲慢な態度に隠されて、知る者は少ない。
そしてその奥にある真実を知る者は―――皆無だ。
(けれどオレは知っている)
ずっと見て来たんだ、あの時から今日までを。
ずっとずっと、遠くで、近くで、見て来たから。
(何も知らない振りをして)
けれどもう厭きた。
第三者である事に。
傍観者である事に。
(だから闇夜に身を潜めて窓を叩いた)
窓に背を向けていたそいつはハッと振り返り、そしてその
遺物である者達の真夜中の会話
「意外だな…何も言わずオレを招き入れるとは」
ドカッとソファに座ったオレの言葉に、そいつは長い足を組み替えて面白くもなさそうに言った。
「招き入れた訳ではない。ただ警察を呼べばたちまちニュースになり、大会社の社長の家にも関わらずセキュリティシステムは大した事は無いと広めるようなものだ。そんな無様な事ができるか」
幾分眉を顰めている所を見ると、本音ではあるらしい。
けれどそんな表情や動作は大して意味をなさない。
特にこいつならば。
「ところで何のようだ。用があるなら手短に話せ。無論、金目の物を貴様にやるつもりは毛頭ない」
「オレは物を盗みに来たんじゃねーっての」
するとそいつは小馬鹿にしたように「ほぅ」と言った。
そんなものにのせられるオレじゃあない。
相手もそれを知っての事だろうが。
「この世界では初めまして、だな。神官サマ」
その言葉を聞いても、目の前の男は余裕の笑みを崩さない。
そして、自分の事を「神官ではない」と否定もしない。
何時もだったら、こんなオカルト話は聞く耳持たずと言った態度を取るこいつが、笑みを浮かべたまま、何も言わないのだ。
自分の考えが当たっていた事に、驚きはしないが深く息を吐く。
深く深く、何かを臓腑から吐き出すかのように。
そしてオレは問う。
「何度―――何度目だ?」
ソファの背もたれに両腕をかけて、オレは聞いた。
オレ達が会うのはこれで何度目なんだと。
その問いに、そいつは笑んだまま答える。
「メジャーな答えで悪いが、……忘れるほど」
どうせ貴様も忘れてるんだろう?
楽しそうに、楽しそうに、けれど何処か虚うつろな笑みで。
「しかし、いきなりどうした。貴様はいつも遠巻きに見ていた側だろうに」
(気づいてたのか)
今度こそ驚いた。
そいつは一度だってそんな素振りを見せた事は無かったから。
けれどそれに何を言うでもなく、オレは質問に答える。
「―――厭きたんだよ」
ボソッと言ったその言葉を、そいつは聞き漏らしはしなかった。
「厭きた?」
片眉だけを器用に上げ、単語だけで疑問にして返してくる。
それは、必要でない事は極力しない主義のこいつが何時も使う話法だった。
(何時の時代も、それは変わんねぇんだな)
そう笑って、先ほどのそいつの質問に答える為に口を開く。
「アンタに聞かせるほど、大した理由はねぇよ」
そんな謙虚なオレの回答に。
「だろうな」
即座に尊大な態度で返してきた。
(うわぁ…ほんと、変わんねぇ)
呆れ半分、感嘆半分の割合の溜め息を吐いた。
何時だってこいつはこんなヤツだった。
身分や国、言語や生活は違えど、姿と性質が変わる事は無い。
みんなみんなそうだけど。
何故だろう。
こいつだけは特に強くそう思う。
目を細めてそいつを見ながら思い返すのは、とうの昔に過ぎ去った時代。
「…何かを懐かしんでいるかのような顔だな」
そいつの言葉に、意識をこちらへ戻す。
「何を、思い出していた?」
聞かなくても、分かっているだろうに。
「……昔、の事だよ」
今の時代で言やぁ、コスプレみたいな格好してた、あの時代を。
アンタがいて、オレがいて、そして。
(アイツも、いた)
太陽の下にも太陽が存在していたような。
そんな錯覚を、よく覚えたものだ。
「昔の事を思い出すのは歳をとった証拠だぞ」
からかうように笑うそいつに、オレもニヤッと笑う。
「何歳だと思ってんだよ。最初に出会った時からざっと三千年経ってるんだぜ?」
オレの言葉に、それもそうか、とそいつは今気づいたように頷いて。
「年をとったものだな」
「お互いにな」
…そうだ、最初に出会ってから、もう三千年の月日が流れてる。
その全てを生きていた訳ではないけれど。
随分長く生きてると、思った。
その原因は。
「―――アンタの呪、か?」
オレの問いにそいつは躊躇いもなしに、けれどどこか遠慮するように、微かに頷いた。
その瞳には、後悔も懺悔も何も無い。
「最期の願いだったからな……アイツの…」
思い出すのは、オレ達が最初に出会った時代に若くして散った王の事か。
「生まれ変わっても、共にいたいと」
初めて、そいつは柔らかく微笑んだ。
オレに視線をやりながら、オレを見てはいなくて。
けれどその笑みを唐突に消して、そいつは言う。
「……すまない」
体をソファの背凭もたれに投げ出し、目を閉じた。
「関係のない貴様らを、輪廻の渦に巻き込んだのはオレだ」
そいつの言葉の通り、時代と時期を全く違える事無く、かつて王だった者を中心に人の輪は広がって行く。
それはオレだったり、アイツの仲間達やこいつ、果てはこいつの弟までも。
何時の世も。
何時の時代も。
同じポジションとまでは行かないが、それでも必ず行動を共にする仲間は何時も同じ顔ぶれだった。
出会った回数が十を超えようと二十を越えようとも、だ。
その事をヤツらは可哀相なくらい、知らない。
かつて何度も会っている事も。
かつて何度も友情を育んだ事も。
けれどまた始めからやり直さなければならない空しさを。
(あぁけれど)
全てを知りながら。
一人一人がどんな人間で、どんな役割を担っているのか。
そして、自ら全ての罪を背負う原因になったヤツが自分の事を忘れている事も。
全てを知っているこいつは、きっとそれ以上に、可哀相なヤツで。
「…でも、後悔はしてねぇんだろ?」
謝罪を口にしながらも、そいつの心は頑に動かない。
オレの言葉を肯定するように、小さく笑った。
「後悔というものはしていない。アイツには、貴様らが必要だったからだ」
一息ついて。
「最初貴様らを巻き込んだのは、アイツに仲間がいれば良いと思ったからだ。けれど出会いを繰り返すうちに、貴様らがいる事でアイツが間違った道に進む事は無い事に気づいた。貴様らがいたからこそ、アイツはずっと悪を憎む人間でいられた」
最初のアイツのように…。
きっと心の中で付け足したであろうその言葉。
其処もまた変わらない所だと、苦笑した。
「アンタは何時まで経っても過保護だな」
何時も、こいつはアイツを守るように傍にいた。
今のように素っ気無い態度と無愛想な表情を崩しはしなかったけれど。
しばらく互いに口を閉ざし、そしてまた口を開いたのはオレの方だった。
「……後何度、オレ達は会う事になるんだ?」
聞く事を少し躊躇う。
けれどどうしても聞きたかった。
オレの問いに、そいつは表情を動かす事無く言う。
「さぁ……アイツが生まれ変わるなら、その都度会う事になるだろう。オレはそういう風に呪をかけた」
そうか、とオレは零した。
知れなかった事に少しの落胆はあるが、別に良いかと持ち直す。
今この現状に不満がある訳じゃない。
またこいつやアイツに会えるなら、これまで繰り返したように楽しい日々になるだろう。
登場人物が一緒であっても、物語がいつも一緒であるという訳ではなく、生まれ変わる度に違う物語が用意されているから退屈する事はない。
(けれど)
必ず、何時も変わらない事があった。
それを聞く為に、またオレは口を開く。
「アイツが生まれ変わる度に、共に歩む為の代償は」
そいつがちら、とオレを見る。
まるで、知っているだろう?、とでも語りかけるような視線に、けれどオレは何も答えずじっと答えを待つ。
とうとう折れたように、そいつが口を開いた。
「オレの記憶を改竄出来ない事。神力を封じる事。………必ず、アイツの敵という立場を取る事」
躊躇いの長さが、そいつの心情を如実に語っていた。
そう、何時だってこいつはアイツの敵だった。
不自然なほどに、何時だって。
それは薄々気づいていた事だったが。
「……アンタはそれで、満足か?」
全てを諦め、只一つの望みだけに縋って。
瞳に何も映さず、心に闇を抱え、ただ一筋の光を頼るだけの人生のカイロス。
それは本当の幸せだろうか。
例え好きなヤツがその先で待っていると知っていても。
思わず口を突いて出たそれは、けれどそいつの笑みの前で霧散した。
「共に同じ時代を歩める。それ以上に望む事は無い」
綺麗に笑ってみせたそいつに、そうか、とオレも笑った。
そうだな、アンタはそういう奴だった。
自分では何も望まず、誰かの為に生きる。
そう、アンタは呆れるくらい、一途で。
「ほんと、変わんねぇな」
煩い、と言うそいつの耳は微かに赤い。
それにまた笑いながら、オレはソファから立つ。
「何だ。昔話はもう良いのか?」
「あぁ、もう十分だ」
もう聞きたい事もない。
じゃあな、と言ってそいつに背を向けた時、待て、と制止の声がかかった。
「オレも一つ、聞きたい事がある」
「…何だよ」
振り返ると、さっきまでのからかった風も憮然とした風もない至極真剣な顔が見えて、少し構えながら聞けば。
「何故貴様は記憶を持っている?」
探るような視線。
「普通、転生する時に前世の記憶を持つ事など在り得ない。オレのように自ら制約を負った者は別だがな。その
オレみたいな奴がいるはずはないと、そいつは言う。
けれど。
「…さぁ?」
オレはその疑問にちゃんと答えるだけの言葉を持ってない。
「何故か何て知らねぇよ。けど、全部覚えてるぜ? 最初に会った時から、今までの事をな」
「…そうか」
眉間に皺を寄せたままのそいつに、じゃあな、と言って今度こそオレはそいつの家から退散した。
空を見れば一時間も話していないようで、後少し喋っていても良かったかもしれない。
そう思いつつ、最後のあいつの言葉を考えた。
「何で、記憶を持ってるか、か…」
詳しい事は分からないが。
「オレが、アイツの純粋なオトモダチじゃないから、かねぇ…?」
全ての記憶を持たないまま同じ人間関係を繰り返す奴らとは違って、むしろ、オレはあいつに近いから。
何時の時だって太陽のようなアイツの敵と言う立場をとる、青眼のあいつの立ち位置に近いから。
「まぁそんな事、どうでも良いんだけどよぉ…」
そう、どうでも良いのだ、そんな事は。
今となっては過去に執着などないし、顧かえりみたって何が変わる訳でもない。
重要なのは。
「また会えたんだ」
揺れない視線。
惑わない意志。
強固なる矜持。
絶対的な存在。
(そんな、あいつに)
出会い方は最悪だった。
けれどあいつに惹かれたのも、どうしようもなく堕ちたのも、事実で。
(その視線がオレでない奴に向いていると分かっていても)
「また、会えたんだぜ?」
ただその事が、オレにとっては全てだ。
今日の会話で何か変わっただろうか。
オレとあいつの関係は。
近づけただろうか、少しでも。
何時だって孤独を抱きしめそれでも『幸せだ』と言い切る、あいつに。
『幸せだ』と言うあいつの言葉、そこに嘘はきっとない。
(けれどそれが真実だとも、―――オレは思わない)
だから、誰か知っている人間がいれば良いと思った。
あいつの孤独を、努力を、想いを。
そして。
「オレが、あいつを救えたら良い」
ただ単純に願った。
20071214
〈好きになってもらおうなんて思わない。ただ傍に。それが純粋で唯一の願い。それが多分、無償の愛。 〉