夢色
[ 二人は何時も此処から始まる ]夢から覚めた途端、思い返すのは夢の末路。
どうだっただろう、どうだった?
夢の中の俺はちゃんと。
(幸せ、だっただろうか)
endless waltz
近付かなければ意識する事もされる事もない。
それは完璧な理論な筈で、そして崩されるべき理屈ではなかった筈なのに。
(………何故…)
いくら目を逸らそうと視界に入ってくる。
どれ程耳を塞ごうと声は何時も聴こえてくる。
それは場所を変えても同じ事で。
ならばそれは、相手が態々オレの周りに好き好んで寄って来ているという事に他ならなかった。
図書室に行こうと歩を進めても進めても消えない姿と声に、今まで保留にしていたその結論をとうとう出すしかなくなった。
立ち止まり振り返ったオレは、その相手、遊戯を睨んで地を這うような声を出した。
「貴様……殺されたいか」
迸ばしる殺意を、敢えて止めようとは思わなかった。
いっそこの殺意に身を任せて一思いに…と思う気持ちの方が強かった。
逆に理性が働いて殺人行為を自重した自分が憎い。
(いっぺん殺してやろうか本当に)
真剣に考え出したオレに、遊戯は小さく溜息を吐いて不満そうな声を出す。
「殺されたくはないぜ。……つーかお前、何でデュエル以外はオレに冷たいんだよ」
当然だろう。
優しくする理由も義理も見当たらない。
大体冷たいと分かっていながら何故付いて来る。
さっさと見切りをつければ良いものを。
それ以前に。
(どうしてこいつはオレに構うのだろう)
デュエルだけの関係。
勝利を奪い合う関係。
己が相手よりも一歩でも前にと望む関係。
それがオレと遊戯の関係。
多分それをライバルと言うのだろうが、そんな関係の何処にオレと遊戯が仲良く喋る構図が出来上がる可能性があると言うのか。
ましてその関係は、決して遊戯が望んでいるような馴れ合う関係ではない筈だ。
そんなものは凡骨辺りにでも求めれば良い、快く応じてくれるだろう。
(けれどオレは、それを望まない)
変わらず向けていた視線に力を込める。
「オレは貴様が嫌いだ」
それ以上の理由も、それ以下の理由もない。
「一々オレに近づくな」
ただそう言って、つい、と視線を遊戯から引き剥がし、オレは再び歩き出した。
もう行き先は図書室でも何処でも良かった。
兎に角、遊戯から離れられるなら、何処だって。
(もう傍に居たくない。もうあの悪夢は、…見たくない)
廊下に響く足音は一人分。
遊戯は付いて来なかった。
夢を見る。
さよならの連鎖、予想通りの
涙色の夢、―――甘い、悪夢を。
その度に引き裂かれそうな痛みを堪えるのに、オレは疲れてしまった。
(もう良い…もう、嫌だ……)
痛みに耐えても報われない。
オレばかりが傷だらけで。
アイツは何にも傷付かないのに。
(そんな夢に、態々付き合う事もないだろう)
互いが一度触れ合ってしまえばそれだけで
傷付く事が約束された末路に何の希望もない。
そんなものの為に、もう何度、傷付いてきたか。
(だから、近付かない。近付けさせない)
そうすれば、もうオレは傷付かないで済む。
二度と悪夢に怯える事だってない。
(―――な、の、に)
ギッと視線を遣れば、狙った場所の、寸分違わぬ所にアイツはいた。
見付かった事に数瞬焦り、けれどオレの怒りが収まらない事と逃げられない事を悟ってか、少しバツが悪そうに近付いてくる。
「よぉ、海馬」
「………」
何とか交流を図ろうとする姿勢は褒めてやっても良い、が。
「何故、貴様は、此処に、居る?」
近付くなと数分前に確か言った筈だが?、と殺気を交えて言えば、遊戯の笑顔が引きつった。
それでも許さずしばらく睨み続ければ、根負けしたように表情を崩す。
「………悪かった、後を付けたりして。あと、此処に居る事にもな」
素直に謝る遊戯に、オレは言葉を吐くタイミングを見失ってしまった。
遊戯はそれを少しの間話を聞いてくれるらしいと勘違いしたようで、また口を開く。
「結構前から分かってた、お前がオレを嫌ってるんだろうなって事はさ。それもかなり始めの時から睨み付けられたり馬鹿にされたりしたら、分かって当然だけど」
その表情は笑っているのに何処か寂しげで。
続く言葉が、それを裏付ける。
「嫌われてる事が分かっても、その理由が分からないのは結構きついんだぜ?」
知らない間に嫌われてた。
その理由を問おうにも、相手は話を聞いてくれない。
顔も見てくれない。
意地になって話し掛けても近寄っても、尽く無視される。
「なぁ、海馬」
遊戯の紅の視線が真っ直ぐオレに向けられる。
あぁ、言われた通りかもしれない、とオレは眼を細めた。
「オレが知りたいのは、オレに冷たい理由なんかじゃない。どうして、オレを嫌ってるかなんだ」
その紅の瞳に、気圧されそうになる。
何かを求めているその瞳に流されそうになって、けれど拳を握る事で持ち直す。
「…っ、そんな事を知って、どうする」
その問いに遊戯は少し首を傾げて、笑った。
「お前がオレの事、好きになってくれるように努力する」
その笑みに。
その言葉に。
オレが言葉を失くした、その瞬間に。
「―――――――」
不意打ちの、羽根の様に軽い、一瞬だけのキス。
「………オレ、お前の事、好きだからさ」
何時もとは違う優しい顔。
柔らかな視線。
穏やかな声。
あぁそれら全ては。
(ずっと避けていたもので、ずっと、欲しかったもの)
「っ、海馬、どうした?」
(……あぁ、どうして)
「海馬?」
(どうして、貴様は何時もこうしてオレの中に這入って来るんだ)
「泣いてちゃ分からないぜ?」
(もう終わりにしようと決めていたのに)
「海馬…」
(もう好きにならないって、決めたのに)
「……海馬…」
(貴様がそんな風に)
「―――――
(オレを、呼ぶから)
押さえられない、押さえ切れない、拒めない。
押し込めていた感情が、溢れだして止まらない。
もう手遅れだ。
バッドエンドへのルートが開通し、終焉に向けて一方通行。
引き返す事なんて出来はしない。
オレはまたあの悪夢を繰り返すだけ。
(けれど)
あぁ、今更ながら思い出す。
オレは何時だってこの恋に抗おうとして、けれど結局何時だって流されてきた。
何度傷付こうともそれで良かった。
守り続けて居たかった。
終わらぬ円舞曲のような、この恋を。
(…だから)
愚かだと言われても良い。
馬鹿だと哂われても良い。
もう、何でも良い。
自分の想いから眼を背ける事が最早叶わないのなら。
(また傷付く事も、怖くない)
「……遊戯」
(その覚悟を、その想いを込めて伝えたい言葉があるんだ)
「すきだ」
それは、ずっと心の中で殺してきた言葉の一つでしか、ないのだけど。
20090211
〈また終わる物語の、はじまり、はじまり。 〉