LittleMermaid

[ 人魚姫(霜花落処) ]



 好きになってよかったんだ。しのーかを、好きになって、よかった…!

 水谷は引き攣る声でそう叫んで、俺を睨むような目つきで見た。それは外見上そう見えただけで、実際、水谷にしてみれば涙を堪えようと目元に力を込めただけなのだろうけど。
 あぁ、哀しいかな。
 その努力は報われないまま無駄に終わって、俺を睨みつけているとしか見えない顔の水谷の頬を、つと伝う幾筋もの雫。大粒で、隠しようがない。ほろりと一粒流れただけだったなら、俺は見ないふりをしただろうに。

 水谷。

 呼んで、腕を伸ばして、指先で頬に、水谷に触れる。熱い。篠岡への想いを吸い取ったかのような熱い涙が、俺の指先を焼く。
 好きでよかった。
 水谷はそう言った。あぁそうだろう。そうだっただろう。篠岡を見るお前は凄く優しい顔をしていた。喋る時は酷く柔らかい表情で、生き生きしてた。哀しい事もあっただろう。苦しい事もあっただろう。それでも、お前はいつだって篠岡を見る時は幸せそうだった。
 俺は知ってるよ。ちゃんと、知ってるから。

 …水谷。

(俺がいるよ。)

 舌先まででかかったその言葉を飲み下して、俺は。

 泉…。

 泣き崩れた水谷を抱き締める。俺よりでかい体躯を抱き締める。小さい、なんて、幻想でしかないのに。すっぽり収まってしまった気がする水谷の頭さえ抱き込んだ。
 ここにいろよ。
 今は。今だけじゃなくても。なぁ、水谷。

(俺がいるよ。)

 ずっとずっと。今までだって、これからも。





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 20130326
〈王子様に恋した人魚姫と、その姉と。〉





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