no problem
[ 問題なし・どういたしまして(霜花落処) ]最近、視界がぼんやりするんだ。
言った水谷は静かで、視線は俺を向かない。頬杖をついてふわりと瞼を伏せ机の木目を見ている。何を探すのでもなくぼんやりと。
…ふーん。
他にかける言葉も思いつかなくて相槌を打つ。水谷が気にした風はない。
この状態の水谷はいつもこうだ。聞き手の反応を受付けない。だから苦手だった。ほんの少し、どうしていいか分からなくなる。いつもなら同じ分だけ言葉を返してやれるのに。
こうなった水谷に半端な言葉を返す事は自殺行為だった。それは俺のではなく、水谷の。そして俺の罪は自殺幇助だ。そんなのは嫌だ。水谷の心が死んでしまうのも、俺がそれを促した事になるのも。
だから用心深く言葉は自然と少なくなって、水谷の静けさに滲んで行くような声ばかりが俺達の会話の主旋律になる。それでいいとは思わない。でもどうしようもないのも事実で。
俺、目が見えなくなったらどうしよう。
そんな言葉が聞こえてもなんと返したものかと悩んで、結局俺は
見えなくなったら、やだ、ね。
柔らかく、後悔の色の見えない声で言う。怖いねと付け足された言葉にも、今の生活を失う恐怖は見られない。それでも、本当はそうじゃないんだ。分かっているから、俺は。
…お前さ。
ん?
お前、俺の声好きだよな。
…うん。あべの声、好き。
だからどこにいたって分かるよと、やっと綻んだ顔にほっとしながら。
だったら、一日中、俺の声が聞こえたって我慢できるよな。
そう言えば、水谷は今度はぽかんとして、その顔のまま、少し。
…あべ、俺の目が見えなくなったら、俺の傍にずっといてくれるの…?
嫌か?
聞き返すとぶんぶんと音がしそうな程首が振られる。そんな訳ないよと水谷は言って、幸せそうに笑った。
ねぇ、あべ。
あ?
俺、もう何も怖くないよ。
…そうか?
うん。
そりゃあ、よかった。
20130114
〈「結局目が霞んでたのは、阿部とメールしすぎてたからっぽい」「は?」「所謂疲れ目ってやつだって」「…は」「阿部? おーい」〉