(貴方のこころを奪ったのは誰?)




 壁はない。垣根もない。距離もない。それでも。

「風間さんが、遠いよ」

 太刀川慶はそう実感する。彼は遠い所にいる。若しくは雲のように掴めない。実体のある幻のようだ。そこに在るのに、居ない。言葉遊びのようなそれを、太刀川は嫌に信じてる。

「…そうか」

 言う彼の語尾が上がったような気がした。と言うのは気の所為かもしれなかった。彼は太刀川の言うことなぞ全て見通した上で素知らぬふりをしているのかも知れないと。そうであればいい。そう願うことこそ、それが太刀川の願望でしかないことを物語っていた。
 あぁそうだ。彼に自覚はない。隣に太刀川が居ればその距離こそ絶対だと、信じる前に確信している。物理的な距離を盲信して、それ以上を、それ以外の解を思考しない。短絡的と詰ることはできなかった。それが普通だ。それが当たり前なのだ。彼にしても、彼以外の人にしても。ただ、己と少数の己と似た誰かを除いては。

「…そうだよ。風間さん、もっとこっち寄ってよ」

 寒いから、なんて言い添えて抱き寄せる。太刀川より体積の少ない躰を抱き締める。服に阻まれて体温は届かなかった。だからせめてと抱き竦める。彼は抗議の声を上げない。されるがままで、それは太刀川に対する彼らしくはあったが、日頃の彼らしくはなく、だからと言ってその態度を太刀川への許容と言うには何もかもが足りなさすぎた。

「風間さん、寒いね」

 うわ言のように繰り返す。肌を刺すほどの寒気は既に通り過ぎた季節だった。少し遠くに目をやれば夜桜が雪の如く深々と降る。頬を撫ぜる風も春めいて。だが、それでも。

「そうか」

 腕の中から聞こえる声にぞくりと肌が粟立つ。身を硬くする。…あぁ、ほら、また。

(語尾が、上がったような気がした。)





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 20160403
〈体温のある人形は、血の通った言葉を吐くのだろうか。〉





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