水中に火を求む




 赤司に向ける想いは行き過ぎた友情であると、少なくとも黄瀬はそう思っている。触れるのは少し過剰なスキンシップだし、愛でるのはその延長線上の行為。
 他意はない、ただ好きなだけなのだ。熱を与えるのは彼がいつも冷え冷えとしているから温めてあげたい、その程度の認識で。そこに友情から食み出た感情は恐らくない。
 とても綺麗で、純粋なものだ。例え自分達の行動が常識から逸脱したものであっても、その表現が間違っているとは思わない。

『お前達は不思議だ』

 いつか赤司がそう言った。心底理解できないと口にする割に、その顔は笑っていた。笑うしかなかったのか。今ではもう分からない。

『俺なんかが欲しいと言う』

 そう言って、言いながら、赤司がその言葉に首を横に振ったことはない。赤司は全員の受け皿だ。誰の願いも取り零さない。誰の要求も受け入れる。身動ぎせず、ただ笑んで。

『お前達が望むのならそうしよう』

 それが彼の寛容さなのだと幻想したこともあった。だが今なら分かる。もうみんな分かってしまった。違うのだと。





「…ちっ」

 緑間の舌打ちに赤司はぼんやりとした意識を浮上させた。あぁ少しばかり意識を他所へやっていたようだ。考えごとをしていただろうか。思い返しても答えは出ない。
 赤司は諦めて緑間に目を遣ろうとした時、不意にガンガンと体育館の扉が強打されている音に気がついた。今まで気づかなかったのが不思議なくらいの音で、しかもその向こうからは声が聞こえた。どうやら青峰や黄瀬が喚いているらしい。大方誰かにここに緑間がいることを聞いてやって来たのだろう。しかし鍵を掛けていたとは緑間も用意周到だな、と変に感心しながら。

「…煩いな」

 眉を顰めて赤司は呟く。体育館ほど響きやすいとそんな音も馬鹿にならない。緑間は苛立たしげに扉を睨みつけている。折角ゲームに勝利したと言うのに邪魔されてはそうもなるか、と赤司は思いつつ、だがこのまま放っておくことはできない。
 どうせこの騒音の中では緑間がしたいことはできないだろうし、赤司もごめんだ。それに異常を聞きつけて人が集まってくる可能性が高い。その時中から緑間と赤司が揃って出てくれば、確実に変な噂が立つ。それは阻止すべきだろう。

「止めさせろ」

 赤司は緑間を見上げてそう命じる。緑間はそれに微かに渋る様子を見せて、だから赤司は緑間の胸倉を掴んで緑間を無理やり屈ませると、少し足りない分は自分が背伸びすることで補い、緑間に軽く口付けた。

「今回の勝者はお前だ。それは変わりない」
「赤司…」
「願いは聞いた。今はそれを果たせない。でもそれだけだ。お前の願いには反しない」

 自分の言ったことを反芻し、赤司の言いたいことを悟った緑間は少しの後、分かったと頷いて赤司から離れた。赤司は笑みもせずそれを受け入れ、少々乱れた服を手早く整える。そうして緑間の後を追って扉の前に立つと、鍵を解除すると同時に雪崩れ込んできた青峰と黄瀬に抱き潰された。





 空を見ながら、いつかの光景を思い出す。部活の後、自分が表紙の雑誌が今日発売だからみんなで見ようよと言う黄瀬の誘いに乗って、キセキの世代全員で近くのスーパーに寄った時のことだ。
 嬉々として黄瀬を弄る青峰と褒める赤司、その間で怒ったり照れたりと忙しい黄瀬の信号トリオの少し脇で店の中で騒ぐなと言いたげに佇む緑間の四人を他所に、紫原がふらりとお菓子売り場に足を向けた。黒子がそれに気づき、そろりとその後に付いて行った。
 しばし二人でどれを買おうと商品を見ていると、丁度そこに一組の母親と子どもがやってきた。お菓子を選ぶのだろうかと思いきや、母親はどうやら通りかかっただけらしい。だが子どもがお菓子が欲しいと駄々をこねだした。母親は聞かない。家に十分あると言って子どもを放って歩き続ける。子どもはお菓子に心惹かれながらも、母親に置いて行かれることはそれ以上に怖いようだ。
 結局母親を追って行ったが、何度もお菓子売り場を振り返っていた。手に入らない哀しみと絶望と、いつか必ずという夢見るような瞳をしながら。それを見て、黒子は。

『…紫原君』
『ん?』
『……お菓子、何にするか決めました?』

 あぁ、あれは自分達が赤司に向ける目とまるで同じなのだろうと、思った。





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