昨日の友は今日の敵
ギャースギャースと怪獣がいるような騒がしさ。耳が痛いと両手をあてるも、隙間を縫って音は届く。いっそイヤホンで音楽を聞けば相殺できるだろうかとも思うけれど、生憎そういったものは学校に持ってきていない。赤司は諦めて頬杖をつく。まったくどうして、こうなったのか。
『不安にさせてしまったお詫びと言っては何だが、何か俺にしてほしいことはあるか?』
あの日は既に時間も遅かったから日を変えて言ったのだ。たった一人、黄瀬に向かって。それに対し。
「何でだよっ」
最初に噛み付いたのは青峰だった。曰く、黄瀬だけにそう言うのはおかしいと。それに同意したのが黒子と紫原で。
「そうです。僕等も黄瀬君に負けず劣らず、赤司君の異変に胸を痛めていたんですよ」
「俺も食べるお菓子の量減ってたしー」
とやんややんやと抗議する。そもそも赤司が黄瀬だけに言ったのは、直接的に不安を顕にした表情を見たのが黄瀬のみだったからだ。しかし黒子や紫原にそう言われるとなんだかそんな気もしてくるのは、彼等二人が特に表情の変化に乏しいからだろう。赤司にはいつも通りの顔に見えたのだが、もしかしたら胸の内では痛みを覚えていたのかもしれない。青峰もそんな節があるような、ないような…。
まぁどちらにせよそう言うのならば侘びの印に全員の望みを叶えることも吝かではないな、と赤司が思い始めた頃。
「ちょーっと待ったっス!」
しばらく赤司の言葉に固まっていた黄瀬が復活し、話に身を乗り出した。
「赤司っちが言ってくれてるのは俺だけなんスから、俺だけが言うこと聞いてもらうべきっス!」
あぁ、荒れるな―――その言葉を聞いた瞬間赤司はそう思って、事実その通りになった。青峰は怒鳴るわ黄瀬は応戦するわ、黒子はむすりと顔を膨らませてるし、紫原はイライラを菓子で解消しようとするように貪り食っている。今更みんなの言うことを聞いてやろうと言ったところで黄瀬が反対するだろうし、そうすれば周りも同じくらい反発する。
結局堂々巡りだなと結論づけたところで赤司は口を閉ざし、彼等に関わることを諦めた。平和的に解決してくれればいいけれど、と望みの薄いことを心の片隅で祈りながら、しばらく。
「皆さん、今のままでは決着が付きません。そこでどうでしょう、鬼ごっこをしませんか?」
耳を疑ったのは、赤司だけではない。
「鬼ごっこぉ?」
「何考えてんスか、黒子っち」
「なんで鬼ごっこ?」
当然抱くべき疑問をぶつけた三人と静観する赤司の前で、黒子はどこかしら自信ありげに言葉を紡ぐ。
「もちろん普通の鬼ごっこじゃありません。鬼は僕等、逃げる役目は赤司君です。勝者はいち早く赤司君を捕まえた鬼。場所は学校で、時間は昼休みいっぱいということにしましょうか」
「おい待て。俺が圧倒的に不利じゃないか」
時間が短いのが救いだが、それにしたって相手が悪すぎると文句を言う赤司に、黒子はにこりと微笑んで。
「赤司君なら大丈夫ですよ」
「無責任だな…」
まぁ確かに――赤司は内心舌を出す――やるならそう簡単に捕まってやる気はないけれど。
「それに赤司君は逃げてもいいですけど、逆に早く決着を付けたい場合、もしくは言うことを聞くならこの人がいいなという願望があった場合、その鬼の前に敢えて姿を現して捕まえてもらっても構いません。赤司君にも相手を選ぶ権利はありますから」
「あー、なるほどな」
「確かにそれはそうっス!」
「うん」
俄然やる気になっている青峰達。…何故そこで盛り上がるのかが分からないんだが。赤司は不思議に思いつつも、こほん、と一つ咳をして。
「で、俺が逃げ切ったらどうするんだ?」
場所と時間を考えれば赤司が本気になればそれはそう難しくないことだ。その場合のことは考えているんだろうな、と黒子を見れば。
「翌日に持ち越しです」
さらりとそう宣った。
「…おい」
「赤司君、勘違いしてはいけませんよ。これは僕達の勝負です。赤司君は捕まったからといって敗者ではありませんし、逃げ切ったからといって勝者でもない。僕等の誰かが勝ちを取るまでこのゲームは続きます」
「…だったら俺を巻き込まず、お前達だけで勝手に勝敗をつけたらいいだろう」
選ぶ権利という輝かしい言葉の内実に赤司はぐたりと躰が重くなるのを感じた。そんなの、選ぶ
「馬の鼻先に人参は基本でしょう?」
のうのうと言ってのけた黒子。赤司ははぁと諦めの溜息を吐いた。