made in SEIRIN -文化祭編-

[ 自分は蚊帳の外、と思っていると意外に当事者になったりする。 ]



『―――残念だ』

 携帯電話の向こうから聞こえた言葉に、降旗はほっと安堵の息が零れるそうになるのをぐっと抑えた。意識していつも通りの声を出す。

「俺も残念だよ。日にちが違ったら京都まで足を伸ばそうと思ってたのに」
『それを聞くと尚更残念に思うよ。まぁまたの機会を待つとしようか』

 そんな言葉を重ねた後、そろそろ夜も遅いしと断って通話を切る。それ以上下手に話しているとボロが出そうだった。

(でも、ほんとよかった…!)

 堪えていた笑顔が零れて、降旗は思わずガッツポーズをした。
 先ほど降旗が携帯で会話していたのは、京都の学校に通う赤司征十郎―――近頃やっと想いを通わせた降旗の恋人だった。
 話題は来月開催される文化祭のこと。互いに日付が違えば文化祭を二人で楽しもうかと言っていた矢先、降旗が通う誠凛も赤司が在籍する洛山も、同じ日に文化祭が催されることが決定した。
 残念だと口では言ったが、降旗に限って言えばそれは口先だけのことで、内心とても喜んでいた。
 別に降旗が赤司のことを会いたくもないほど嫌いになったとか、喧嘩をしていて会うのが気まずいとかいう理由はない。付き合い始めたばかりということもあり、二人の関係は良好だった。
 だがそれでも、今回ばかりは赤司に文化祭に来てもらっては困るのだ。そしてその理由を上手く隠して赤司に伝えられる方法や納得させる技術を持っていなかったからこそ、降旗は今回の幸運に感謝した。

(神様ありがと!)

 とうとう端から祈ってもいない神にまで感謝し始めた降旗は機嫌よくベッドにダイブした。近頃の悩みの種が解消されたことで安心したのだろう、そのままぐっすりと眠ってしまった。





 文化祭当日。準備期間に練習試合が重なったこともあり、一年生ながらにレギュラーである黒子と火神はクラスの出し物に関わっておらず、しかも当日の当番からも外されていた。せめてクラスの売上に貢献しようと学校に訪れると。

「うわ、人ごみすご!」
「結構賑わうんですね」

 見渡す限りの、人、人、人。他校からも多く来ているらしく、そうと分かるのは制服を着た人がやたら多かったからだ。
 こんな日くらい私服で来ればいいのにと、文化祭でも制服着用が校則で義務付けられている黒子や火神は思ってしまうが、制服は一種のステータスだと相田が言っていたのを思い出す。よくよく見れば制服を着ている大半が女子だった。
 そんなものだろうかと思いながら見渡していた黒子が、突然何かに気付いた。咄嗟に火神の制服の裾を握る。

「…火神君」
「あ?」
「逃げ―――」
「お、はっけーん。やっぱバカ神は見つけやすいわ」

 逃げましょう、と黒子が言いかけた所で、黒子に目をやっていた火神の肩を誰かが叩く。誰だ?、と振り返ると。

「げ、青峰!」

 目の前に「よ!」と片手を上げた青峰が立っていた。しかもその少し後ろには。

「あー、遅いっスよ、二人とも。ずっと待ってたんスからね!」

 人――と言うより端的に女子――に半ば埋もれるように囲まれていてほとんど見えないが、どうやら黄瀬もいるらしい。その上。

「このような場所に何故俺が来なければならないのだよ」
「まーいいじゃん、食べ物いっぱいあるしねー」

 少し脇に目を逸らせば、緑間と、どうしてか秋田にいるはずの紫原もいた。……何故だ。

「あー…、黒子に会いに来たのか?」
「火神君、無闇矢鱈と僕を引き合いに出さないでください」
「でもそれしか考えらんねーじゃん」

 と言い合う二人の傍に、やっとこさ女子の包囲網を潜り抜けて黄瀬が辿り着く。乱れた髪を、気づいた火神がそっと整えてやった。

「ありがとーっス、火神っち。でも、その話っスけど、半分当たりで半分ハズレ」
「そ。テツに会いに来たのもあるし、あといっこ、ここで用事があってな」
「っていうか、重要度的にはそのあといっこの方がメイン?」
「…まぁ、そうなるだろうな」

 うんうん、と四人が納得している図は微笑ましいのだが、火神や黒子にはさっぱりだ。

「おい、そのあといっこの用事ってのはなんなんだよ」

 痺れを切らした火神がせっつくと、青峰が答えた。

「赤司からの命令。降旗ってやつの文化祭での様子を写真に撮れって」

 思いがけない言葉に、火神も黒子も面食らう。

「降旗ぁ? なんでまた…」
「そんなことで君達をここに遣わしたんですか…さすが赤司く…」
「って、降旗!?」
「………」

 納得しかけた二人は、しかし話題の中心に据えられた人物を思い出して、まさに光と影の間柄、同時にくるりと青峰達に背を向けると顔を寄せ合った。

「おい、降旗って最近赤司と付き合いだしたとか言ってなかったか…?」
「そうです。降旗君は隠したがったみたいですが、こっちにはバッチリ赤司君から報告メールが来ていました」
「で、お前等って異常に赤司好きだろ!?」
「失礼な。普通に大好きなだけです」
「それが異常だっつってんだよ! …んで、お前達ってことは、青峰達ってことで…」
「…そう言えば、その報告メール、一斉送信だったような…」

  ガシリ

 話し合う二人の肩がしっかりと掴まれる。ギギギ、と微かに顔を青ざめさせながら振り返れば。

「どうした、二人とも。俺達は早く行かなければならないのだよ」
「俺、今日わざわざこの為に無理矢理休みもぎ取ったんっスよねー」
「俺もちょーど運良く時間あったから秋田から帰ってきたし」
「だからさ」

 緑間が笑う。黄瀬が笑う。紫原が笑う。青峰が、笑った。

「案内してくれよ、赤司の恋人になったっていう、降旗って野郎の所によ」

 にっこりと―――ドス黒く。





 文化祭に沸き立つ周りを他所に、黒子と火神を先頭にした一行は一種異様な迫力があった。
 まず大きい。次点で皆揃って顔がいい。最後に、何故か笑っているのに怖い。
 それはもう迫力と言うか、いっそ威圧感だ。火神達には馴染みで、一般の人には無縁の、試合前のピリピリとした神経のざわめき。
 お陰でいつもなら笛吹き男よろしく女子がその一行の後ろを付いてくるだろうに、今日は誰もいない。ただ遠巻きにぞろぞろと興味本位で付いてくる者は若干名いたが、しかし黄色い悲鳴は全くといっていいほど聞こえなかった。

「えー…降旗君のクラスの出し物はここですね…」

 パンフレット通りに道を辿れば、自ずと目的地に着いてしまう。この時ほど黒子は自分が迷子になるほど地図の読めない人間でなかったことを後悔したことはないし、火神は今日学校に来てしまったことをこれほど後悔するとは思わなかった。
 来る間、なんとかして降旗の株を上げようとした二人だったが、四人の眼光の鋭さに早々に諦めた。言っても聞かないことは瞭然で、それを悟った瞬間、静かに心の中で降旗に向かって合掌した。
 後は降旗が自分達が到着する頃に当番にあたっていないことを祈るだけだった―――が。

「…メイド喫茶?」

 降旗のクラスは、どうやら最近の流行りに乗ってメイド喫茶を出し物に選んだらしい。ならば降旗は調理か呼び込みか、そのどちらかだろうと火神はあたりをつけ、どちらでも青峰達が会うことは難しいと踏んでほっと胸を撫で下ろした。
 青峰達も驚きに溜めていたフラストレーションを維持しておくことはできなかったらしい、ぽかんとした表情に、先ほどまでの殺気立った様子はなかった。
 しかし。

「え、でもこのメイド喫茶、ちょっと普通と違うみたいっスよ?」

 黄瀬がまじまじとメイド喫茶の看板の下に貼られてあったチラシを読み上げる。

「当店ではとあるゲームを開催中です。ゲーム内容は、ずばり、複数いるメイドの中にたった一人紛れている、メイドの服を着た男子生徒を見つけ出す、というものでございます。容姿や声で分かってしまっては面白くありませんので、くるぶしまでのロングスカートと、きっちり首周りまで襟で隠せるメイド服、顔にはお化粧と仮面を、また全てのメイドが声を出すことは一切ありません。よって当店は「ご主人様」と呼ばれたい方には不向きとなっております。当然、お客様がメイドの躰に触れることは禁止でございます。その場合は110番をお覚悟くださいませ。また見抜いた方にはささやかな報酬とメイド全員と写真を撮る権利が与えられます…だって」

 その後には時間帯が書かれており、どうやら三〇分ごとに開催していて、メイドもそれに合わせて総入れ替えするらしかった。次のゲームは後五分ほどで始まる。少しの沈黙が六人の間に流れて。

「……テツ」
「…はい」
「降旗ってやつは出し物に参加してるんだよな?」
「…その役割は知りませんが、確か準備に勤しんでいた記憶があります」
「女装しても変じゃない? 赤ちんや黒ちん並みに可愛い?」
「……僕を例に出すくらいなら、降旗君も充分その素質はあります」
「緑間っち。今日のおは朝占いの順位は?」
「二位だが、このラッキーアイテムのアルトリコーダーがある限り一位も同然なのだよ」

 堂々と鞄の中からアルトリコーダーを取り出す緑間。その答えで四人の意思は固まったらしい。

「行くか」

 青峰の一声に勇んで列に並ぶ彼等を、黒子と火神が止められるはずもなかった。





「――…説明は以上でございます。それではゲームスタート!」

 司会の女子生徒の言葉を皮切りに、メイド達が動き出す。揃いも揃ってパーティーグッズによくある仮面を着け、注文を取る間も何も言わない。静々とした動作にバックミュージックのゆったりとしたクラシックが異様なほど似合う。
 このメイド喫茶は本当の意味でメイド喫茶だな、と半ば感心していると。

「いやいや、感心してる場合じゃないっスよ!」

 黄瀬のその一声で全員がハッと我に返る。そうだったと頭を切り替えるも、皆が皆同じような動作をしている上に同じ服装で、まったく手がかりというものがない。靴も男子に合わせてかヒールが低く、歩き方で判別することもできなかった。

「くっ、ここまで本格的だとは…!」
「俺もうギブ―。無理、わかんねー」

 焦る緑間に、出されたお菓子をもぐもぐと食べる紫原は既に試合放棄だ。

「テツ! ヒント!」

 青峰も早々に自力で見つけることを諦めたらしいが。

「と、言われましても…」
「アホ、入店する時に言われただろーが。誠凛の生徒はゲームに参加しちゃいけねぇんだって」

 内部生は対象とどこですれ違っているか分からない。よって、そんな内部生に有利な条件下でゲームをすれば外部の客に楽しんでもらえないという店側の配慮により、最初から黒子と火神はゲームに不参加だった。
 とは言え店内で飲食することは可能なので、二人は四人の隣の席で堂々とお菓子と紅茶を満喫していた。

「ま、ぶっちゃけ分かんねぇんだけどな…」
「火神くんもですか。僕もです」

 ひそひそと言葉を交わす。

「つーか今思い出したけどさ、一応あいつらも降旗の顔とか体格、知ってるよな。一回見てるんだからさ。そっから推察していったら自ずと…」
「…いえ、恐らく覚えてないと言うか…そもそも覚える気がなかったと言うか…」
「あぁ…強い奴しか興味ありません、てか」

 自分も黒子とコンビを組まなければそういう扱いだっただろうな、と火神は思いながら、紅茶を一口飲んで話題を変えた。

「て言うか、そもそもいるのか?」
「それも最もな疑問ですが、驚くほどこの店も徹底してますね。身長まで皆合わせてくるとは…」

 正直二人はパッと見て分かるだろうと高をくくっていた。何せ部活が一緒だし、外見がいくら変わっていようと身長で分かると思っていたのだ。だが今働くメイド全員が一七〇前後はある。

「…このゲーム、クリアできた奴いるのか…?」

 火神の疑問に、黒子が答えた。

「一応いるみたいですよ」
「あ?」
「ほら、後ろの黒板に一枚だけですがクリアした人と対象の生徒が一緒に写った写真があります。本当に勝てばその場で撮ってくれるみたいですね」
「ほんとだ。しっかし仮面で隠してるのに目元までちゃんと化粧してんのかよ」

 パッと見ではまったく同年代の男には見えない。もちろんそういう男子生徒を選んでいるのだろうが、その徹底ぶりには舌を巻く。

「まぁこれで勝てばあいつらも労せず写真を手に入れられるんだろうが…」
「既に労している上に、諦めてますね」

 二人一緒に隣を見る。青峰は自棄酒のように紅茶を呷っているし、紫原は目的自体を失念したように注文したケーキやお菓子に夢中だ。黄瀬と緑間はまだやる気を失っていないとは言え、それも風前の灯火に見えた。

「ま、情報が少なすぎだわな」
「そうですね…」

 火神も黒子も後は時間が許す限りゆっくりしようと決めた、その時。

「ぅわっ!」

 少し離れた場所で悲鳴が上がり、若い男が飛び退くように立ち上がる。見れば、どうやらメイドの一人が床に敷かれたシートの重ね目に足を取られて転んだらしい。その拍子に運んでいた水が男にかかったようだった。

「申し訳ありません、お客様!」

 直ぐ様壁に張り付いて室内を見ていた監視役の女子生徒がタオルを持って近寄った。しかしかかったと言っても少量で、ジュースなどとは違い色も匂いもないただの水。男ならば笑って流し、転んだメイドに手を差し伸べるくらいしても罰は当たらない。ところが。

「こいつが俺に水をぶっかけたんだ! こいつに謝らせろ!!」

 男はそんなことを言い出した。客も生徒もあまりの言い分に唖然とする。転んだままだったメイドもその怒声に驚いてかぴくりと肩を揺らして固まってしまった。それが気に食わなかったのか。

「謝れって言ってんだよ!」

 更に怒鳴ってメイドに手を伸ばすと、男はメイドの仮面を剥ぎとってしまった。

「ッ…!」

 メイドの素顔が晒されて、それは火神達がいる場所からもよく見えた。
 薄く化粧を施された大きな目が、無理矢理仮面を取られた痛みと恐怖に涙を浮かべていた。淡く頬にチークを乗せて血色よく見えるはずの顔も可哀想なほど青ざめている。またウェーブのかかった長い栗色の髪が小刻みに震えていて、見るからに痛々しい。
 店の雰囲気に合わせて静かに流される音楽が、今は滑稽なほど不釣り合いだ。

「ほら謝れよ。大事なお客様に水かけたんだろ、あぁ!?」

 仮面を放り出し、また伸ばされる手。とうとう大きな瞳から流れた一筋の涙。その光景を、許せるはずがなかった。

「そこまでにしとけや、おっさん」

 青峰が二人の間に割って入った。

「な、なんだお前!」
「それはこっちのセリフっスわ。いい年した男が高校生の女の子泣かすってどうよ?」

 黄瀬が男の視線からメイドを庇うように背中に隠す。

「恫喝するしか脳のない猿が粋がるな」
「もう大丈夫だよー、俺達がなんとかするからね」

 痛烈に毒を吐く緑間に、紫原はメイドに目線を合わせると、自身が持っていたお菓子をそっと握らせた。
 男は突然現れた自分よりも上背のある青峰達に半歩後退る。それで程度が分かろうと言うものだ。青峰はそれを見逃さず。

「水かけられただけで怒んのか。だったら」

 男の飲みかけの紙コップを引っ掴むと、その中身を男にぶちまけた。オレンジジュースが男の頭から滴り落ちる。

「ほら怒れよ。そこの女にしたように」

 顔を怒りに赤らめる男。だが青峰達の迫力と多勢に無勢であることを理解するだけの頭はあったらしく、言い尽くされた陳腐な捨て台詞とともに去っていった。

「腰抜けが」

 青峰は吐き捨てて、丁度黄瀬に促されて立ち上がったメイドに向き直る。涙はまだ目の淵に溜まっていたが、もう泣いてはいなかった。

「大丈夫か?」

 問えばこくんと素直に頷いて、ありがとうと言うように柔らかく笑った。見下ろすその笑顔に、赤司や黒子と同じくらいの身長だな、と青峰は気付く。自分が座っている分、メイド達の身長は分かりづらい。ましてさっきまで距離があったし、近づいた時にはメイドは座り込んでいた。
 ようやっと目的の人物を見つけるのに身長というポイントを見逃していたことに思い至った青峰は、そのままあの日の場面を思い出した。そう言えば、このくらいの身長で、こんな髪色の奴が黒子の傍にいた、よう、な……。

「…あ、あー!!」

 こいつだ!!、と青峰が指を指し叫ぶのと同時に。

  ピー!!!

 笛が、鳴る。

「タイムオーバー! 時間切れです!!」

 予想外の事態が起こったにも関わらずしっかりと時間を計っていたタイムキーパーが、三〇分という長く短い時間が過ぎたことを知らせた。





 騒ぎがあったお詫びにと、一本ずつペットボトルの飲料を受け取りながら店を出る。取り敢えず腹も満たされたしと、黒子達の先導で青峰達は比較的人通りの少ない中庭に出た。

「しかし、残念でしたね」
「おー、あとちょっと早けりゃな」

 結局青峰が降旗を見分けたものの、ゲームの決まりとして『発見時には「メイド・イン・誠凛!」と叫ぶ』という項目をすっかり失念していたため、ゲームクリアとは見なされなかった。黒子と火神はと言えば、当然降旗の仮面が取れた瞬間に気づいていた。

「だがあそこでしつこく写真を撮らせてくれと頼むのも…」
「微妙だよねー」

 緑間と紫原の言い分に、確かに引き下がらなければ、メイド服を着ているとはいえ降旗はれっきとした男で、そんな写真がそれほど欲しいのかと四人は奇異に見られただろう。

「んー、でもちょっと惜しかった気はするっスけど」
「まぁな」

 どうやら男子の精神面を考えてメイドに成りすますのは一度きりのようで、つまりもう降旗のメイド服姿を撮ることはできない。どうせ写真に残すなら面白い方がいいし、何より。

「思ったより可愛かったし」

 青峰の呟きにうんうんと黄瀬が同意する。緑間や紫原も、自分達がまったく気づかない程度には整っていたと思うし、自分達の中で恐らく一番女装が似合う黒子が自分と同等と述べたことに意見しないくらいには、青峰の言葉を認めていた。と。

「そりゃどーも」

 突然、一列に並んでベンチに座る彼等の後ろから声が聞こえた。バッと一同が振り返る。そこには噂の降旗がいた。しかも驚いたことに、まだメイド服のままだった。

「…降旗君、その格好…」
「あぁ、面倒だし、このまま抜けてきちゃった。ま、俺の担当は終わったし、いいかなって」
「しっかし、お前と分かった今でもなんか変な感じだぜ。その髪どうしたんだよ」
「ウィッグだよ。カツラって言ったら分かるか? 女子が貸してくれた。化粧もバッチリ。歩き方も半月かけて指導してもらったし、爪もネイルしてんだぜ? ほら」
「ほんとだ。気合入ってんなぁ」
「そりゃそうだよ。なんてったって、ゲームクリアした客には懸賞金が出るんだぜ? 売上のアップのためには飲食代払ってもらって、懸賞金は出さないようにするのがうちのクラスの方針」
「え、そうだったのか」

 そう火神達と会話をする降旗はどこからどう見ても女の子で、青峰達はその容姿と声のギャップに固まっていた。そんな四人を見て、そうそうと降旗は彼等を追ってきた理由を思い出して青峰達の前に立つ。

「あー、あのさ。まず、さっきはありがとう。助かった」
「…おぉ」

 青峰の照れなのか困惑なのか分かりづらい返答にも降旗は臆することなく微笑んで。

「んで唐突なんだけど、一緒に写真、撮らねぇ?」
「え?」

 これには青峰達だけでなく、火神と黒子も驚いた。そんな六人の様子に降旗は。

「助けてもらったってのもあるし、それにあんた達、偶然あそこに立ち寄ったんじゃなくて、最初から俺を探してなかった? 女子がめっちゃ忠告しにきたんだけど。かっこいい五人組があんた探してるけど、知り合いでも絶対に見つからないように!、って」
「…廊下で喋ってたの、見られてたみたいですね」

 苦笑する黒子に、火神も笑うしかない。あえて「五人組」のところは突っ込まなかった。

「やっぱそうなの? て言うかあの状況、バスケで言うブザービーターっしょ?」

 あぁ、そうとも言えるな、と六人は一斉に頷いて。

「だからあんた達の勝ちでいいよ。別に写真くらい恥ずかしくないし、文化祭の記念にもなるしな」
「俺達は最初からそのつもりだったから願ったり叶ったりっスけど、…本当にいいんスか?」

 問う黄瀬に、降旗はなんでもないことのように言う。

「折角のバスケ繋がりなんだから、フェアでいたいじゃん」

 それを聞いて黒子と火神が見合って笑う。さすが、赤司を落とし、赤司が落とそうと思っただけのことはある。キセキの世代を前に、臆面もなくそれを言ってのけるとは。
 黄瀬もまた同じようなことを思ってか、微笑むとまいったと言うように両手を上げて。

「よしっ、じゃあ撮りますか! いいっスよね、青峰っち」

 くるりと振り返って青峰を見る。青峰はしばし眉間に皺を寄せて考えこむ素振りを見せながらも。

「…ま、いっか」

 それが当初の目的だというのは黄瀬の言う通りだし、本来の目的であるところの降旗に会ってどういう奴か知ることもできた。

(こいつじゃあ赤司が泣かされることはないだろうし、逆に泣かされたのを慰める役目になりそうだな)

 それもいいと、今なら思う。会う前は会ったら散々脅かしてやろうと思っていたのに。

(赤司が選んだんなら、俺達が横槍入れることじゃなかったな)

「っし、黄瀬、誰かに写真撮ってくれるよう頼んでこい」
「ラジャーっス!」

 手慣れたようにビシッと敬礼して黄瀬は早速飛び出していった。その後ろ姿を眺めて、降旗は一息吐く。

「自分で言っててなんだけど、キセキの世代と記念写真とか、ちょっと緊張する」
「赤司君がいませんけどね」

 さらりと恋人がいなくて寂しいでしょう、とからかう黒子と笑う火神に、降旗は。

「え、あ、言うの忘れてたけど、今日のことは絶対に、間違っても、赤司に言っちゃ駄目だからな!」
「…え?」
「はあぁ? 俺等と写真撮るのはいいのに、赤司には喋んのも駄目なのかよ」
「だ、だって恥ずかしいだろ!? それに、こんな格好してる奴気持ち悪いって思われたら…」

 それまではまったく平然としていたのに、その場面を想像したのか、急に涙目になる降旗。化粧落ちるから我慢しろ!、と火神が宥めるのを横目に、黒子と密かに聞いていた青峰達はひそひそと喋る。

「(…降旗君には悪いですけど)」
「(間違いなく喜ぶよな、あいつ)」
「(赤ちん、好きそーだよね)」
「(高確率で好きだろうな…)」
「(…でも、まぁ、俺達は写真、〈送る〉だけっスから)」

 黄瀬の言葉に後の四人は一瞬呆けた後、なるほど、とぽんと手を叩いて。

「(……降旗君には悪いですけど)」
「(送らなかったら間違いなく怒るよな、あいつ)」
「(赤ちん、送らなかったら怖そーだよね)」
「(高確率で怒るだろうな)」
「(…赤司っちに怒られるのだけは勘弁っス)」

 うん、とみんな一緒に頷いて、降旗に合掌。

「みんな、写真撮るぞ!」

 せめて降旗が綺麗に写るようにと一生懸命笑わせたキセキの世代達。その苦労と願いを知らず、幸せそうな複数の写真が赤司の機嫌を急降下させることになるとは、まだ誰も知らない。





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 20120601





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