(おまけ)

||おまけ①:その後||



 すんと鼻を鳴らして涙を拭ったコウキは、「帰ろう」と言う赤司におぶわれて夜道を家まで引き返す。ひっそりとした住宅街は夜中であることも合わさって心細く、赤司の服をぎゅっと握った。その感触が伝わったのだろう。赤司が一瞬視線を寄越した。

「どうした? 痛むのか?」
「…ううん。そうじゃなくて…」

 そう言葉を詰まらせて、コウキはちらりと空を見た。星は見えない。山より空に遠いからだろうか。昔、セイと見た冬の凍った空には、確かあったと思うのだけど。

(見慣れた風景がない。夜空に星がない。寂しい…でも)

 コウキは空を見るのを止めて、赤司の肩口に額を擦りつけた。そっと目を閉じて、零す。

「帰る場所があるって、素敵だね…」

 一人にさせないと言ってくれた人がいる。それを許してくれた人達がいる。傍にいてくれと、願ってくれた人がいる。幸せ、と私語ささめいたコウキに、赤司はうっそりと微笑んだ。

「幸せに浸るのもいいけど、コウキはこれからが大変だよ」

 赤司の言葉に不穏を感じて「ん?」とコウキは身を起こした。「どういうこと?」と問う前に、赤司の家へと着く。
 当然赤司の家も夜に浸されたように静かで暗い。みんな寝入っているだろうにと、鍵を開けてすたすたと音を気にせず廊下を歩く赤司に、「静かに歩かなきゃだめだよ」とおぶわれたままのコウキが赤司の後ろから注意する。はいはいと苦笑とともに返し、そうして赤司の部屋を前に着くと、コウキが「明かり点けたまま」と母親のようなことを言い出した。赤司はそれにまた笑いを覚えつつ、部屋を開ければ。

「あっ、コウキっちー!」

 部屋の中で屯ろしていた黄瀬達が、二人の姿に一様に安堵の表情を浮かべて二人を迎えた。中でも黄瀬は泣きそうな顔で赤司に背負われたコウキに近寄ると、予想外のことにぽかんとしているコウキに詰め寄った。

「もー、心配したんスからね! 赤司っちが俺等の寝てる客間に来て、コウキっちが出ていったから追いかけるって言った時は、ほんとどうしようかと…!」
「俺も行くって言い出して、マジうざかった。赤司一人で十分だっつって、テツがなんとか宥めたけど」

 だってー!、と青峰の言葉に叫ぶ黄瀬の他に、黒子達も些か顔を固くしてコウキの傍に寄ってきて。

「コウキ君、夜中に一人で出歩いてはいけないんですよ? しかもそんな姿で…」
「コウちん何もなかった? わ、足の裏、怪我してるしー。救急箱どこー?」
「素足でアスファルトを歩くからだ。まったく、無茶なことを」
「大体何でそんなちっこい姿に戻ってんだよ。でかいままだったら誰かの靴履いてきゃよかったのに」

 やいのやいのと怒られる。心配させたことは申し訳ないし、多分みんなの言っていることは正しいのだろう。でも、いっぺんに言わないでほしい。と言うよりも。

「み、みんな、もう夜中…」

 寝ようよ、と引き攣った笑みを見せたコウキに、しかし。

「いえ、こういうことは初めが肝心ですから」

 珍しく黒子が強く主張した。そのことに少なからず赤司も驚いたのだが、家でやきもきしていた待機組には感嘆と納得を与えたらしい。

「おー。テツがすげぇ親みてぇなこと言ってる」
「でも確かにそうっス!」
「コウちん、これからは今の時代、どうやって生きていくか、俺達がちゃんと教えてあげるからね」
「覚悟するのだよ」

 宣戦布告ともとれる五人の言葉に、コウキは無意識にまた赤司の服をぎゅっと掴んでいた。気づいて、赤司が意地悪く問う。

「コウキ。これでも幸せ?」

 コウキはそれになんと返したものかと困った顔をしていると。

「でも、取り敢えず」
「な、何…?」

 今度はなんだと身構えるコウキに。

「「「「「おかえり(っス・なさい・ー)」」」」」

 五人それぞれの、おかえりの大合唱。びっくりして、目を見開いて、声をなくて、でも。

「……ただいまっ」

 コウキも大きな声で、そう返す。

(大変でいい。いっぱい分からないことがあっていい。少しずつ知っていく)

 全部全部―――みんなと、一緒に。

(だから)

「…征十郎」

 赤司の耳に口を寄せ、コウキは笑いながら囁いた。

「幸せに、なるよ」

 今はその、最初の一歩。





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 20120817





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