双月

[ 貴方がいるから僕がいる。 ]



 ねぇねぇ訊いて、俺って月なんだって!
 先生との久々のツーマンセルの任務。
 何だか気が急いて待ち合わせ場所まで走っていけば、既に待っていた先生に出会い頭、すごく嬉しそうにそう云われて。
 何それ。
 と、突然過ぎて、俺は酷く素っ気ない返しをしてしまった。
 いつもならそれに喰い付くのに、今日はそれよりも何よりも、冒頭の言葉にテンションが上がりまくって気づかないらしい。
 あのねあのね、と喋りたくてしょうがない!、と笑顔をキラキラさせる先生には申し訳ないが、今丁度任務開始の時刻。
 後で訊いてあげますから、と宥めて一足先に任務地を目指す。
 カカシのいけず!、と昨今の子どもでも云わないような暴言を浴びせられて呆れながらも、はいはいと云って受け流す。
 俺って意外に苦労人だなぁ、なんて。
 いまだ頬を膨らませながら後ろから付いてくる大きな子どもに深々と溜息を吐いた。





  鏡のこなたとかなたの私と貴方





「で、なんだったんです?」

 任務が終わって帰還中、先生にあの騒ぎはなんだったのかと問えば、キラリ、と先生の瞳が輝いた。
 任務中はさすがに大人しくなっていたが、心の内では喋りたくて仕方なかったのだろうことがその輝きで察せられ、やっぱり子どもだなぁと苦笑するこちらに気づかず、先生はにこにことして喋りだした。

「だからね、俺、月なの!」
「………いや、それだけ云われても…」

 意味が分からないんですが?、とさすがに眉根を寄せれば、補足するように先生は云う。

「今日の任務の行き掛けにね、云われたんだ。ほら、今夜の月は金色でしょ? それが、俺みたいだって」

 その言葉がどうして嬉しいのかは分からないけれど、兎に角気になったことが、一つ。

「先生が、月?」

 変な解釈だ、と思う。
 変なの、変だ。
 だって。

(先生はどうしたって太陽だろう)

 キラキラ煌めく金の髪色が一番目に付く理由だけれど、明るい人柄や眩しい笑顔、そこにいるだけで人を照らすような先生はまさに太陽と云うに相応しく、だからそんな先生が月だなんて。

「似合わない」

 思わずはっきりそう云えば、がくり、と意気揚々だった先生の肩が見事に落ちる。

「うぅ…カカシに云われると破壊力と説得力が絶大だなぁ…」

 その言葉に、何故?、と目を瞬かせれば、先生の顔がぱぁっと一変して。

「本当のお月様は、カカシだもんね」

 ふんわりと笑って、そう、何故か誇らしげに、云われたから。

「……そう、ですね」

 その言葉は自分にとって哀しいのだと、云えないままカカシも微笑えむしか、なくて。





 カカシは月が嫌いだった。
 憎んでる程ではなかったけれど、やっぱり嫌いで、好きになれなくて。
 だって忍と云えば隠密行動。
 闇が深ければ深いほど御の字と云うものなのに。
 月は折角の闇を照らし出してしまう、云ってしまえば忍の天敵なのだ。
 明るい夜は、例えれば雨天決行の遠足と同じ。
 気が、塞ぐ。
 だから嫌いで、だから、嫌だった。

『月、みたい』

 自分の髪を指されて、そう例えられることが。
 嫌いなものに自分が例えられることが。
 とてもとても、嫌だった。
 でも外見というのは他人の目に一番触れる部分であることは当然で、そこから何かしらの印象を抱かれるのも仕方のないことだと、理屈付けて諦めることはできたのだけれど。
 ある時からだ。
 カカシが、月を更に好きになれなくなったのは。

『―――四代目の七光り』

 月は太陽の光を受けて初めて輝く。
 それを、師弟の関係に置き換えられたのだ。
 太陽である師匠と、月である弟子。
 だから四代目のお陰で自分は上忍になり、暗部になれたのだと、四代目の弟子になった頃、よく陰口を叩かれた。
 七光りで上忍になった奴がいるなら連れてこいと心の中で反論したけれど、口に出すのは馬鹿馬鹿しくて、そんなことを先生に云うのも嫌で。
 実力主義の忍の世界で、ツテやコネなんてある筈はなくて、そんなのみんな分かっていながら、それでもほんの小さな餓鬼が自分と同等、もしくは上の地位にいるのが気に入らないのだ。
 そんな八つ当たりに先生を持ち出されたことが、カカシには我慢できなくて。
 哀しくて。
 泣きたいほど、悔しくて。
 そんな下らないことで、先生も貶められたように感じた。
 そうさせる自分が、そう思わせる銀髪が。
 月が。
 だからカカシは、大嫌いだった。





「―――哀しいこと、考えたでしょ、今」
「はい?」

 僅かな回想を終えれば、それを見計らったように先生がカカシの顔を覗き込んできた。
 樹々の上を飛びながら器用だなぁ、さすがだ、と感嘆しながら、なんのことです?、と誤魔化すように首を傾げれば。

「哀しい顔したもん、カカシ」
「してませんよ」
「した」
「してません」

 そんな押し問答を少し続けて、その後。

「嫌、だった?」
「…何がです?」
「何が嫌だったのかは、カカシが一番知ってると思うから云わないけど」

 ね、と。
 優しい顔で、優しい声で。
 そんなことを云われたものだから。
 敵わないなぁと、カカシはまた微笑む。

「…月は、俺ですから」

 だから先生は駄目です。
 月になんか、なっちゃいけません。

「太陽でいてください、先生」

 俺と同じに、ならないで。

 ね、と。
 真似して云えば。

「…いや」

 小さな否定の声の後、先生は唐突に立ち止まって。
 慌ててカカシもその横で立ち止まれば、ぱふりと抱きつかれ、ぎゅうと抱き締められた。

「せ、先生」
「なんか、嫌。その云い方は、駄目」
「何云ってるんですか、もう…」

 要領を得ない言葉に惑う。
 それでも先生は。

「そんなこと云っちゃ駄目」
「でも先生」
「それ以上云ったら、泣くよ、俺が」
「…黙ります」

 やると云ったらやる人だから、素直に黙って溜息を吐く。
 そして視界の端に引っかかった月を見た。

(…眩し)

 あぁ確かに今日の月は金色。
 先生の色。
 銀の時は冴え冴えとしているのに、今宵の月の、なんと温かいこと。
 色が違えばこうも違うか、と。
 自嘲にも似た思いでそう心に洩らした時。

「…俺は、嬉しかったんだけどなぁ」

 さらり、と、髪に触れられた感覚。
 云うまでもなく、それは先生の手で。
 それと同時に零された声が。

「カカシと一緒だって、嬉しかったのに」

 太陽よりひんやりとした、月色の、声だったから。

「……嬉しかったの?」
「ん、とっても」
「俺と、一緒だから?」
「そうだよ」
「それだけで?」
「十分でしょ」
「…変なの」
「変かなぁ」
「うん……でも」

 うれしい。

 内緒話、秘密の会話のように。
 耳元に口を寄せてこっそりひっそり囁けば。
 抱き締める腕の力が、それに応えるようにきゅうと一瞬強くなって。

「俺は、月が好きだよ」

 そっと離れた先生が、なんでもないことのように。

「カカシが、好きだよ」

 金色の月みたいに、優しい色を湛えて笑うから。

「…知ってますよ」

 くすくすと笑ってそう返す。

「俺も、好きです」

 月が、ね。

 精一杯の言葉遊び。
 それだけじゃあ物足りなくて、背伸びして。
 金の月と銀の月は、優しく優しく、触れ合った。





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 20110308





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