悪夢

[ side KING ]



 月が照ることを諦めたような、弱々しい宵の闇。時の頃は深更。雨が降り出したのは、その頃だった。耳を濡らすようにしとしとと、音が湿やかに響く。
 その時丁度ぴくりと肩を揺らしたのは、けれどその所為ではない。目を眇める。耳を澄ませた。淡月の中、ひっそりと。そして。

(――――)

 褥に横たえていた身を起こす。下りて向かったのは、隣の、部屋。





 白い部屋、白の褥のその上で、髪だけが黒い真白の〈あれ〉が、哭いていた。力なく座り込んだ格好で、何処を見るでもなく視線を放り、口を開けて啼いていた。
 耳に届く音はない。何も何も、訊こえない。見遣る先の躰も、彫像のように動かないのに。
 ―――訊こえた気がした。
 だから、動けないまま見続けた。伽藍堂(がらんどう)の瞳を潤ませもせず、哀しげな顔をする可愛げもない。ただ無表情に、ただ喉を引き攣らせて呼ぶその姿。…何より。

〔   ぁ 〕

 唇だけが、紡ぐ音。

〔     か ぁ     さ        ま 〕

 分かってしまう自分を蔑んで。そうさせる〈あれ〉を、憎んだ。それでも。

(……はやく)

 扉に寄りかかりながら。真白の〈あれ〉の、その先の脆弱な月影を見ながら。

(はやくそんな泥沼の夢なぞ、見なくなればいい)

 そう願う気持ちの名前は、まだこの胸にない。





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