星合の空




 夜が始まって幾分も経たないうちに知った気配を感じて振り返る。其処には気配も項垂れた様子も弱った表情も隠さないままでいるセイバーがいた。しかも何時もはびょんと跳ねている一房の髪も、彼女の心情を表すように力なくへたっている。これは何やらあるらしいと、話を訊いてみることにした。

「―――と、云う訳で…」

 王による問答の顛末を話し終えた後、セイバーは話す中で幾度となく零した力ない溜息を再度吐き、より一層膝を抱えて小さくなる。何処となく陰を背負い、あまつさえ消えてしまいたい…と嘆く彼女は、酷く打ちのめされていた。
 まぁ、ライダーにアーチャー、あの二人に面と向かって彼女の生き様と云える王の在り方を否定されれば、肩を落とさずにはいられまい。しかもライダーに至っては初対面で賛辞を受けていただけに、手の平を返されたようで殊更傷ついたのだろう。
 後、気にしていない!とは云っていたが、間違いなくアーチャーの卑俗な言葉も気落ちの理由であるらしい。女を捨て、騎士として王にまで望まれた自身を見下げられたと感じているのだ。

「そう気を落とすな、セイバー」
「しかし…」
「お前とライダー、そしてアーチャーでは同じ王と云っても立ち位置が違うのだ、致し方あるまい」
「立ち位置…?」

 どういうことだ?、とやっと顔を上げたセイバーに、いいか、と云い訊かせて語りかける。

「お前と彼等が持つ違いは、求められて王になった者と、自ら王に伸し上がった者の差異だ。それに土地柄も関係しているのだろう。ライダーは武人ではあるが騎士とは云い難い、対しセイバー、お前は騎士であるが武人とは到底云えない。それは根ざした伝統や文化が違うからだ。求められた主の姿も違って当然と云うものだろう」
「……そう、なのだろうか…」
「まぁ俺がそう思うだけだが、恐らくお前の臣下をライダーに、ライダーの臣下をお前に率いさせた所で、上手くいくとは思えん。そう云うことだろう」

 ここにアーチャーを引き合いに出さないのは、あれが規格外の存在だからだ。一度見ただけで分かる。あれはまた別のものだ。
 それに、騎士とは主あってのものだ。守る相手がいて初めて存立する。騎士と王を兼ねるなど、生粋の騎士であった自分からすれば驚愕に値する。その驚愕は身の程知らずなという侮蔑の意味でなく、ある種の賞賛である。セイバーは他の騎士や民草に対する象徴としての王で在りながら、己は他の者達全ての騎士として生きた。
 だからライダーが云ったらしい奴隷という表現は、ある意味で正しい。痛々しいという言葉も、分かる。だからこそ自分だけはと云わずに置いた。自分も否定してしまえば、セイバーの矜持は保てまい。

「それにどちらかと云うと、ライダーやアーチャーの性質は、我々の民族に近いものがある。お前があれを真似する必要はない」

 云い切れば、セイバーは驚いたようだった。

「だが貴方は騎士だろう?」

 彼等とは違うという一線を画した評価は有難いが、それは素直に受け入れがたいものがある。

「…確かに、我々は尋常な勝負を好み、騎士団を組織していた。だがそれは騎士道によりと云うよりも、民族の好戦的資質による。つまり戦いが好きなのだ。真っ向から戦い、勝利することで誇りと武勲を得る。だから厳密に云うと、お前の思い描く騎士に、俺は当て嵌まらない」

 語感的な話ではあるが、だからきっと、自分を表す言葉は騎士と云うより本来は戦士に近い。騎士道を王道としていたとは云え、内実はその性質に酷く偏っている。また、主をと願う理由も騎士であったことに起因するが、何より自分に嘗て主がいたからに他ならない。
 彼は王ではなかったが、戴くに値する主だった。その主の下で戦果を得ることこそ至上の喜びであると考えていた。

(それを最後まで、貫けたなら…)

 その未来を手に入れる為の、此度の聖杯戦争。もう一度主の下で戦い、今度こそ最後まで傍に侍り、勝利を主に捧げるのだ。それこそが望み。それこそが願いだ。

(貴方の下で、今度こそ勝利を)

 誓って、強く強く思い描く。己の主、勝利を献上すべき彼を。

(―――   )

 ―――……え…?

「…ランサー?」
「……え? …あ、あぁ、…済まない。少し…ぼぅっとしていた」
「いや、こちらこそ済まない。詰まらぬことで貴方の時間を潰したようだ」
「いやいや、そう気遣うな。王という立場を弁えぬ俺の言こそ、詰まらぬことであっただろう」
「貴方の気遣いこそ痛み入る。貴方の言葉で気持ちが楽になった」

 その言葉に嘘はないようで、現れた時より格段に表情が明るくなっていた。ならばいいのだが、と受けて、そうだな、と続けて云う。

「先ほどの言葉を撤回するつもりはないが、確かに、女性には親切に、という騎士らしさは持ち合わせているつもりだ」

 訊いたセイバーはなんのことだと数瞬きょとんとした顔をして、数瞬後、頬を真っ赤に上気させた。

「ら、ら、ランサーっ、貴方まで私を揶揄うか!」
「なんの。まさか。騎士王よ」
「ランサー!!」

 棒読みだぞ!、と肩を怒らせるセイバーを、笑っていなす。……否。

(笑えた、だろうか。)





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