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[ 誰のためでなく。 ]



 何時から、などと、考えなくとも分かる。
 彼がそうなったのは、我が弟の所為だ。
 …否、所為、と言うのは些か語調が強すぎるな。
 なれば、お陰、と言う方が良いのだろう。
 彼にとって確かにあの体験は良いものだったと思う。
 しかし。

「……デュフォー」

 口調が呆れたようになってしまうのも、致し方あるまい。

「………デュフォー」

 根気よく呼び掛ける。
 もう何度目かは数えていない。
 だが、返答は相変わらずない。
 代わりに聞こえるのは。

「…っ……、…ッ…」

 啜り泣き。

「……デュフォー…」

 ほとほと困る。
 あの日から涙する事を覚えたデュフォーは、王を決める戦いの後、魔界に来てからも度々このように泣くようになった。
 本人が言うには泣きたい訳ではない。
 ただ、泣く事が癖になってしまっただけだと言う。
 まだ自分の感情をコントロールできないデュフォーにとって、漸く覚えた感情の表し方が泣く事だった。
 それにより、全ての感情の行き先が、涙に繋がっているのだと。
 故に。

「嬉しくても泣く。楽しくても泣く。哀しくて泣くのは当たり前だが、怒っても泣く…」

 しかもその泣き方が、些か心臓に悪いのだ。
 だから止めさせたい。
 …見ていたく、ない。
 ゼオンは小さく息を吐く。
 瞬きに、陰が含まれた。

(……哀しすぎるのだよ、お前の泣き方は)

 デュフォーは、酷く酷く静かに泣いた。
 声を出せば怒られるというように、噛み殺してしまう。
 一見すればそれは酷く綺麗な泣き方だが、だからこそ却って哀しいのだ。

(折角…心を取り戻しかけているのに)

 何故それが全て泣く事に繋がってしまう。
 どうして笑ってくれない。
 喜んでくれない。
 怒るなら怒っても良い。
 受け止める。
 哀しみすら抱き留めてみせる。
 なのに何故、デュフォーにはそれが許されない。

(綺麗に泣いて欲しいなんて、思わないのに)

 人形だ、それは。
 そんなの。

(…そんなの…――)

 デュフォーに泣く事も含めた感情を取り戻して欲しいと願った事は確かだ。
 けれど。

「…ゼオ、ン…」

(あぁ、けれど)

「…どうした、デュフォー」

(〈けれど〉、なんだ)

「ゼオン――…」

 以前は感情を抱いているのかさえ分からなかった。
 ならば喜ぶべきなのだろう。
 それが泣く姿であっても、デュフォーが何かしらの感情を抱いているのだと分かるのなら。
 それを、自分は望んだ筈、なのに。

「デュフォー」

 抱き締める。
 戦慄き震え、どうして良いのか分からないと縋り付く瞳をする少年を。
 抱き締める。
 願った事が、本当に良かったのか分からないまま。
 抱き締める。
 彼はそれでも泣き止まない。
 分からないんだと繰り返す。
 その目的語を知りたくない自分に気付いていたから、ゼオンは何が分からないのかなどと聞きはしない。
 卑怯な自分を嘲笑う。
 願っておきながら突き放す。
 抱き留める度胸もない。
 それならいっそ願わなければ良かったのに。

(あぁ―――〈けれど〉)

 全てが終わった後なのだ。
 願って、叶って、今がある。
 後悔などしようものなら、多分ゼオンは自分の首を自分自身で躊躇うことなく切り落とす。

(〈だから〉)

 抱き締める、強く強く、強く。
 涙を拭う分の力も、声を掛ける分の力も、その全てをただ抱き留める腕に還元して。
 デュフォーの震えを感じた。
 泣き声を聞いた。
 自分を呼ぶ声を心に刻んだ。
 ぎゅ、と服を握られた感触すら覚え込んで。
 ゼオンはただ抱き締める。
 泣き疲れて、少年が眠るまで。

(そうして涙に繋がる感情一切を取り払った夢をみれば良いと一瞬でも願ってしまう自分を殺したい程憎むのだ)





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 20100712
〈戦いの代償2。〉





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