Silent Knight

[ 宣誓 ]



 それはただの知識だった。
 それも、経験を積んで得たものではなく、書物で理解し文字そのままを記憶したものでしかなかった。
 あぁそれでも知っていたのだ。
 人間が、自分達魔物より、如何ほども脆い事など。
 知って、いたのに。





 ベッドの上に一人、銀髪の少年がいた。
 呼吸は酷く穏やかで、それだけならば夢を揺蕩っている事など疑う余地もない。
 ただ外傷が酷かった。
 肌は打撲の蒼や紫、そして傷から流れる血の赤に塗れていた。
 これでどうして穏やかに呼吸できているのか、分からない程に。
 ゼオンはその様を静かに見ていた。
 静かに、静かに。
 けれど。

「……糞が」

 吐かれた口汚い罵りは、床に散る。
 決して眠り続ける少年に言ったのではない。
 脆い人間に、失望しての事でもない。
 こうなる事は推して測るべき事だった。
 出来なかったのは、ゼオンの見通しの甘さ。
 ただそれに尽きる。
 その自分に、ゼオンは毒突いた。
 そして驚く程静かに、怒っていた。
 パチパチと握った拳が雷を纏う。
 常ならば、怒りに任せて拳に集った雷を放電する事など躊躇わない。
 感情の赴くまま、自分の怒りが静まるまで全てを壊す事を厭わずにだ。
 けれど此処には眠り続ける少年がいた。
 ゼオンが毒突き、放電を押さえる理由はただそれだけ。
 だからこそそれは酷く理性的な怒りで、ゼオンは自身に嘲笑に似た笑みを向けざるを得ない。
 自分は一体何に遠慮している。
 …否。

「何を、畏れていると言う…」

 二人しかいない部屋。
 一人が微かすぎる寝息しか立てない今、その小さすぎる独白が、嫌に、響いて。





 人間。
 人間。
 人間。
 魔物とは相容れる事のない、生物。
 それなのに何故、こうも似ていたのだろう。

(いらない、存在)

 何故こうも。
 自分達は。

「―――糞…ッ」

 あぁだから。
 壊せない。
 殺せない。
 きっと自分は最後までこの人間を守るだろう。
 そんな自分を心の底から憎んでも。
 心の底で、蔑んでも。

(畏れてるから)

 否定しようもなく、自分は。

(この人間を、喪う事を)

 認めよう。
 弱さと言うに相応しい、この畏怖を。
 愚かと言うに遜色ない、この感情を。

(喪えば、知る事になる)

 それはきっと、片割れを失う衝撃に等しい。
 身体でなく、魂の。

(あぁ、だから)

 ぴたり、と、手を少年の頬に宛がう。
 頬も遠慮なく傷付けられていて、触れれば血が掌に付着する。
 肌を押せば流れる。
 それはゼオンの腕を伝い床へと堕ちて。
 眺めやって、ゼオンは笑った。
 それには、愛おしさすら含まれて。

「デュフォー」

 呼び掛ける。
 少年は目を覚まさない。
 それで良い。
 それで、良い。

「証明しようぞ」

 このような言葉、聞かなくて良い。

「二人で」

 知らなくて良い。

「答えは…―――」

 こんな、自分らしくない言葉など。





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 2010????
〈戦いの代償1〉





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