破壊衝動
[ 言ってしまえばいいものを ]艶やかな姿に、遠目に見ても彼と知る。
彼は此方には気が付かぬ。
自分でない誰かと話しているその姿に、瞬間、胸に大火が燃え盛った。
あぁそれだけならば、まだ、良かったのに。
「―――……!」
伸ばしかけた手。
開きかけた唇。
それは、何度目の事だろう。
呑み込んだ言葉も。
扇で隠した表情も。
咬んだ唇の回数も。
数える事にも、もう、飽いた。
しかしそれでもふと意識せずにそれは己の口から突いて出ようとする。
それは浅ましく、愚かしい。
果てはそんな自分が、酷く苛立たしくて。
「ちっ…」
零れた舌打ちは、傍近くに控えていた左近でさえも、聞かない。
奪われた心を、けれど奪った本人は知らない。
穏やかに微笑みかけ、言葉を交わし、視線を合わせても。
抱える狂おしい感情を出す事はなく、だから彼は知らないままで居続ける。
己に向けた微笑み、言葉、視線を、他の者に惜しげもなく遣るのを、ただ嫉妬の炎に焼かれながら、見ているしかない。
(……腹立たしい)
言えぬ己が。
気付かぬ彼が。
(…………辛い)
あぁ己も彼も。
敵同士でなければ、良かったか。
(…詮無い事)
分かっている。
己が決めた道だ。
主だ。
忠義と恋慕のどちらが大切かなど、分からぬ年ではない。
(それ、でも)
消えぬこの想いをどうしてくれよう。
無意識に口に出してしまいそうなこの心。
あぁいっそ。
(言って全てを壊してみようか)
20100119
〈心の獣が叫んだ瞬間。 〉