殺人鬼についての有識者会議
既に降りている遮断機を潜り抜けて、線路に立った時。
その人はどうなると思う?
その問いに、人間失格は答えた。
「そりゃ、電車に轢かれてお陀仏だろ?」
何を当たり前の事を、と呆れたように言う。
けれど、残念でした、と
「それは〈普通〉の人間の場合だろう? ———私達は違う」
私達。
零崎。
殺し名。
———〈殺人鬼〉。
「例え電車が後10cmで身体に接触するかもしれない状況下に置いても、私達は生き残れる」
それは圧倒的に———断固とした言葉だった。
気持ちの良いくらい、言い切っていた。
不自然な、程に。
そう感じながら、けれどそれを問う無意味さを人間失格は見抜いていた。
だから、問わない。
代わりに自殺志願の言葉に耳を傾ける。
それを知ってか知らずか。
いや恐らく知らないだろう。
けれど、自殺志願は言葉を続ける。
聞く者がいてもいなくても。
そこに
「私達に普通の死は無縁だ。と言うより、無縁でなければならない。少なくとも零崎の中で世間一般の死に方をする者が出る事は私の理想とする家族ではない。まぁ、そんな者は一人として家族愛で繋がっている零崎にいるとは思ってもいないが」
段々話題が逸れて行っているのに気づいているのは、聞き役の人間失格だった。
「おい、逸れてるぞ、兄貴」
「ん? あぁ、そうだな。今は家族談義ではなかったな」
「そーだよ」
これは悪かった、と、とてもそうは思っていないと受け取れる笑顔で自殺志願は言い。
「まぁ要するに————普通に、死ぬんじゃないよ」
何が要するになのか、人間失格には到底理解できない。
理解する気も、ないけれど。
「…分かったよ」
けれど頷いたのは、別に本当に自殺志願の願いを聞き入れたわけじゃない。
死ぬ時は死ぬのだ。
殺人鬼とは言え。
それは殺人鬼らしく戦いの中でかもしれないし。
もしかしたら不注意による事故で死ぬかもしれない。
圧倒的に前者の理由で死ぬ事はあまりにも当然で後者を否定する気になれないほどだが。
人間失格の場合、戦う理由は家族の為以外の方が多い。
と言うか、家族と認めた者はたった一人で、その殺人鬼は人間失格が守らなければならないほど弱くない。
守らせてくれないほど、強いのだ。
それでも戦いに身を置くのは人間失格が〈殺人鬼〉だからだ。
もう既にその時点で〈普通〉から掛け離れている。
だからきっと———〈普通〉に死ぬ事などできはしない。
また、そんな自分も想像できない人間失格だった。
きっと最期の時まで人間失格はその時その場にいる誰かを殺すだろう。
そこに目的の有無など関係なく。
そこに理由の差異など考慮なく。
そこに利益の文字など皆無でも。
それが、〈零崎〉だからだ。
自殺志願は、その一族の長兄だった。
零崎の中ではリーダーのような存在で。
人間失格が唯一認めた家族だった。
家族に執着し。
家族が一番で。
家族が好きで。
〈普通〉を装おうとして。
〈普通〉になろうとして。
失敗した変態だった。
けれどその彼こそが、一番〈普通〉に死にたかったのではないかと、時折人間失格は思う。
遮断機の例え話。
あれは恐らく———例え話でもなんでもなくて。
実体験なのだろう、自殺志願の、実際に体験してみた結果なのだろう。
それで本当に死のうとしたのかは、定かではないが。
無理な話と言うものだと、人間失格はかははと笑う。
俺達は死ねない。
そんな〈普通〉の事で死ねるようにはなってない。
きっと条件反射のように身体が動いて自動的に死から遠ざかるだろう。
特に零崎は、そこに、〈家族〉というキーワードが引っかからない限り。
結局、自殺志願は〈家族〉の為に最期まで戦った。
家族を殺した者と。
家族を脅かした者と。
〈普通〉と。
そう、自殺志願を思い出す時、兄を想う時、人間失格は考える。
つまり彼らは〈零崎〉———〈殺人鬼〉だった。
最初から、最期まで。
余す所なく。
むしろそれが当然自然と思われる程に。
けれど。
「〈普通〉を欲した〈家族〉想いの〈殺人鬼〉ってのも、…傑作だろ」
自殺志願の弟である人間失格は、電車の窓から外を見ながら呟いた。
そんな彼の衣服は所々変に赤かった。
彼の鼻を掠める臭いは少しきつくて、紛らわす為に彼は余り吸わない煙草に火を付け口に運んだ。
見た目も実年齢も喫煙対象に含まれない彼を、けれど誰も咎める事はしなかった。
電車の中で、息をしているのは彼だけだった。
2009????
〈俺が零崎かは問題じゃねぇ。兎に角、確かに、俺はあんたの弟だった。〉