プロポーズ

[ happy ]



「幸せになりたいと思ったんだ」

 環はそう言って笑った。
 少しだけ歪んだ笑みだった。
 それが意味するものを俺は知らない。
 ただ少しだけ胸が痛んだから、そう言う類のものだろうとは見当をつけて言わずにおいた。
 環はまた言う。
 幸せになりたいのだと。

「…それで?」

 促す声は何時も通り。
 それ以上でもそれ以下でもあり得ない。
 なのに安堵する要素をその中に器用に見つけ出したらしい環は、ほんの少しだけ笑みの種類を変えた。

「鏡夜の力を貸してくれないか?」

 拒絶されるなんて思ってもいない顔。
 既に幸せを手に入れたような笑みを崩したいと欲したのは確かで。
 たった一言でそれが崩れるとも知っていたけれど。

「……俺のメリットは?」

 俺にできたことと言えば、分かっている答えを得る為にそう問う事だった。
 まるで意味のない愚問。
 その答えが想像と絶対に違わない事を知りながら。
 その答えを得て自分がどう答えるのかも知りながら。

(あぁなんという喜劇)

 分かっていてその脚本の流れに逆らわない自分は差し詰め道化か。
 笑われる為に存在する者。
 最悪だな。
 本当に。
 あぁけれど。

「俺が鏡夜を幸せにするよ」

 happyの日本語訳は幸せだけではない。
 喜びもまた、そうなのだ。
 ならば喜劇もそう悪いものではないと思ってしまう自分が、本当に道化に思えて。

(なら最後まで道化を演じよう)

 お前の直ぐ傍で。
 お前の幸せの為に。

「信じていますよ、父さん」
「任せておけ、母さんや」

 そして俺の喜びの、為に。





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 20091227
〈それが「一緒に生きて」と同じ意味だと知っていた。 〉





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