世界の罪悪が此処に在る

[ 裁きを待つは神か人か ]



 俺は知らない。
 ネスは知ってる。

(ねぇ、その意味を)

 俺は本当に知っていたのかな。





  crybaby





 ある日ふと疑問に思ったんだ。
 それはネスが自分の出自を明かしてから少し時間が経ってた頃。
 場所はネスの、部屋で。

「ねぇ、ネス」
「どうした?」

 書類を捲る音。
 日溜りの窓際。
 揺れる紅茶の水面。
 目の前には、愛しい人。
 そんな幸せな環境に微睡みながら、マグナはぽつりと呟いた。

「ネスの種族って、どんな感じ?」

 調律者(ロウラー)であるマグナには、特別人間と違う所なんてない。
 けれどネスは体の構造からして違う。
 それを気にしてか、それとも病気になる事を恐れてか、どんな時でも素肌を晒さないネスの身体を一度だけ見せてもらった事はあるけれど、やっぱりピンと来なかった。
 種族が違うんだろうな、としかマグナには分からなくて。

(半分人間で、半分機械って、どんな感じなのかな)

 聞く事が悪い事だとは思わなかった。
 興味本位でないとは言い切れないけれど、でもネスをもっと知りたいと思う気持ちは本物だから。
 実際ネスは、マグナの意図に気付いてか、気にした風もなく答えた。

「どんな感じ、とはまた漠然とした質問だな。まぁ、君らしいけど。そうだな…」

 ちょっとだけネスは考えて。

「やっぱり人間とは少し違う。機械だからちょっとした事にも敏感だし、抵抗力も弱い。見た目も機械っぽいし」

 それに。

「僕には記憶なんてない」

 ネスの笑みが深まる。
 その意味も、その言葉も、それを言い出したネスも、マグナには分からなくて。
 マグナは小さく首を傾げた。
 けれど次の言葉で、その表情が強張る。

「僕にあるのは、記録だけさ」

 それが、融機人(ベイガー)

「記録は思い出とは言えないし、ましてや、その膨大な量の情報は人間の脳で処理できるものじゃない。第一、過去を寸分違わず思い出せる生き物が居ると思うかい?」

 融機人は、何処までも機械と一緒。
 人間になれないのと一緒で、生き物にすら、なれない。
 なら。

「人権なんてない事も、人とは違うかな」

 その言葉を聞いて、胸がきゅぅと痛くなる。
 さっきまであった幸せが、逃げていく。
 それはまるで、夢が醒めた直後に、似ていて。

(あぁ、僕は)

 どうして、聞いてしまったんだろう。
 どうして、興味を押し殺せなかったんだろう。
 どうしてどうして。
 ネスにこんな事を言わせてしまったんだろう。

(融機人が、ネスが…、どうやって生きてきたのか、聞いた筈なのに)

 追放、迫害、そして、監視。
 その全てが付いて回ったネスの種族。
 それは今も変わらない。
 蒼の派閥に、ネスは囚われたまま。

『人権なんてない』

 そう言い切ったネスに。
 笑って言ったネスに。
 マグナは哀しくなる。

(けれど、……事実、だ)

 哀しいくらいに、それは何処までも真実だ。
 そう言い切ってしまえるだけの扱いを、ネスは小さな頃から受けてきた。
 あぁ、確かに融機人はリィンバウムに侵略しようとした種族だ。

(でも、〈それ〉はネスじゃない…!)

 侵略を許せない気持ちは分かるんだ。
 きっとマグナも許せないだろう。
 けれどだからと言って侵略しようとした事と迫害する事をイコールで結びつけるのは間違ってる。
 それは決して免罪符になんてならない。

(ネスがこんなに苦しむ理由になんて、ならないはずなのに)

 どうしてネスがこんなに苦しい目に合わなければならないのだろう。
 どうして、痛みを感じられない程に責められなければならないのだろう。

(これが、人間の罪なんだ)

 哀しくて、胸が痛い。
 分かってる、お門違いだ。
 マグナが感じる痛みを超越した所に、ネスは行き着いてしまっている。

(あぁ、そうだ。ネスをこんな風にしてしまったのは、人間なんだ)

 人間が、ネスを、融機人を、壊してしまったんだ。

「マグナ?」

 あぁ、どうして。
 人は過去に戻れないのだろう。

「マグナ…」

 戻れるのなら、やり直せるのなら。
 人間が罪を犯す前に、戻りたい。

「まったく、君は馬鹿だな」

 ネスの呆れた声が聞こえる。
 どうしようもないな、って、嘆いてる。
 その声があまりにも何時も通りで。
 権利なんてないんだと言い切った後とは思えなくて。

(ねぇ、痛いんだ、ネス)

 壊れそうに心が痛い。
 君はもう、この痛みを経験してしまったのかい?
 そうだね、きっとそうなんだろう。
 だからそんなにも綺麗に笑うんだね。

「どうして、君が泣くんだ?」

 あぁ、ネス、それはね。
 ネスが泣かないから、代わりに俺が泣くんだよ。





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 20090401
〈本当は気づいてたんだ。人は誰かを救えない。ただ救うことを許してもらっているだけなのだと。〉





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