両手に花

[ どっちかなんかで満足(みた)されない ]



 双子、それも一卵性双生児であるオレ達は、何時だって一緒だった。
 二人で一人。
 そんな風に見られて。

(でも、そんな訳ない)

 双子だって結局は1+1には変わりない。
 2=1が成り立たないように。

(オレはオレ、悠太は、悠太なのに)

 そう思い始めたのは何時だっただろう。
 以前はそんな事、思いもしなかったのに。

(……お兄ちゃん離れ?)

 しばらく考えて出た答えは何だか的外れだ。
 その時視界に入った黒髪に、…あぁ、と溜息を漏らす。

(原因、見っけ)

 カタン、と椅子を鳴らして立ち上がる。
 悠太と二人、なんだか楽しそうに笑って喋る黒髪の彼を奪いに。





  双子の兄と片想いの幼馴染と





 十歩も行かないうちに二人へと辿り付いたオレは、掃除終わったの?、という悠太への返事に頷いて返し、じゃあ帰るか、という要の提案に首を振って却下した。
 何でだよ、と不満げな顔の要に何か言われる前にオレは口を開く。

「要、ちょっと今日空いてる?」
「へ? 何だよ」
「もう直ぐ試験でしょ。ちょっとノート写させて。ついでに要点教えて」

 その言葉に、要だけでなく悠太も驚いた顔をした。

「何?」
「…い、いや。お前からそんな言葉が聞けるとは…」
「うん。祐希は今まで当日の朝だけしか勉強しなかったからね」

 驚いた、と口を揃えて言われれば、確かにそうだけど、と言い訳は思い浮かばない。
 それでも無理に通そうとオレが何かを言う前に、悠太が、でも、と続けて。

「もう次はオレ達も高三だしね。そろそろ祐希も色々考えてるんでしょ。要、見てやってよ」

 そう後押ししてくれる。
 それにやっぱり悠太はお兄ちゃんなんだなという感心と。

「や、まぁ、悠太がそう言うんなら…」

 そんな事を要に言われるちょっとした嫉妬が生まれる。
 出来るだけその事を顔に出さず、ちらり、と悠太に視線を送る。
 そうすれば悠太はちゃんと分かってくれて、こくりと頷いた。

「じゃあオレは春と千鶴とで帰るから。頑張って」
「おう」
「うん」

 オレと要に軽く手を振って悠太は背を向けた。
 あっさりとした別れに少しばかり拍子抜けしている自分に気がついて、オレは小さく笑った。

(……どれだけ、余裕がないんだか)

 要の信頼を得ているのが自分よりも悠太だと分かっているだけに、悠太と要がセットで喋っていたらどうも落ち着かない気分になる。
 試験だからとか、そんなのはただその場だけの言い訳で、本当にしたいと思った訳じゃない。

(悠太と要が離れてしまえば、それで、……)

 何を、―――馬鹿な事を。

「祐希?」

 要の声にハッと振り返る。
 どうしたんだよ、と視線の先の要は首を傾げた。

「お前、悠太と一緒に帰りたかったのか?」

 とっても素敵な勘違いに、オレは大きく溜息を吐く。

「違うよ。まったく、これだから要は…………」
「っ、なんだよ、その先言えよ!」

 気になるだろうーが!、と叫ぶ要を置いて、オレは教室に入って自分の席に座った。

「要、早く」
「はいはい分かりましたよ」

 若干どころか多分に苛立ちの混ざった声に内心笑いながら、顔に出す事はない。
 要が差し出したノートを写す為に鞄の中から筆箱を取り出した。

「一通り写したら、要点教えるから」
「ん」

 そうして写し始めたのは良かったけど、何分写していない箇所が多すぎて、ほとんどこの前の試験の直後から写すような大作業になってしまった。
 途中で「お前何しに学校来てんだよ」と言う要の言葉を甘受してしまうくらいには。

(こんなにも居眠りしてたっけ…。アニメージュ読んでたかな?)

 それにしたってこのノートの白紙具合には自分でも驚いた。
 何をしていたかを本気で考え始めて、そしてその思考の終了と答えの出現は同時だった。

「シャーペンの動き止ってんぞコラ」

 容赦のない平手が後頭部を直撃する。
 さすがに痛いと抗議しようかと要を見て、思い出した。

「あ」

 自分と三列くらい右横、そして自分よりも前に位置する場所に座る要の後姿。

(そうだ、それを見てたんだ)

 あまりにそれが日常茶飯事すぎて忘れていた。

「……おい。何が〈あ〉なんだよ」
「教えない」
「…分かったよ。早く写せよ」

 オレの扱いの慣れてきた要に視線もやらず小さく笑って、ノートを埋めていく。
 要の男子にしては綺麗な筆跡を追って、随分丁寧に書かれた板書だと思った。

(まるで、誰かに見せる事を前提としたような)

 それは気の所為かもしれないし、そうでないかもしれない。
 後者であったら良いと願う気持ちは、胸に閉まった。
 そうしてノートを写す事に専念し、ふと気付けば教室に僅かに残っていたクラスメイトも帰ったようで、オレと要だけになっていた。
 窓から外を見れば、空は僅かに朱が混じり、運動場の時計の針ももうそろそろで下校時刻を告げる事を教えてくれた。

(要点を教えてもらうのは、また今度か)

 そう思っていると、窓に自分の顔が映っている事に気がつき、それに連鎖してふとした疑問が湧いた。

「要」
「ん?」

 どうした、終わったか、と聞いてくる要に顔を向けて。

「どうして、さっきあんな事言ったの?」

『お前、悠太と一緒に帰りたかったのか?』

(何を思って、あの言葉を)

 そう聞けば。

「どうして、って…ただお前がずっと悠太の後姿見てたから」

 その言葉に、何だそんな事かと、気付かず詰めていた息を吐いた。
 けれど次いで言われた言葉に、耳を疑った。

「ちょっと、寂しそうに」
「……え?」

 茶化している風でもない要の表情に、それは本当だったのだろうと思う。
 そして、自分の中に心当たりもあった。

(……あぁ、確かに、あの時少し寂しかったのかもしれない)

 二人で一緒に―――そんなすり込みも似た行動理念は、きっと双子特有のもの。
 それでもやっぱり双子でも一人と一人に違いはなくて、少しずつ差は広がっていった。
 それは性格であったり、趣味であったり、行動であったり。
 一緒である必要はないと思っていたし、オレだって考え付いたのだから悠太なんてずっと昔に気付いていただろう。

(オレの場合、その原因は要だけど)

 ちらり、と要を見れば、訳が分からないと首を傾げられた。

(一緒である必要がない、なんて、分かってるのに……)

 寂しくて、そしてきっと、怖かったんだと思う。
 悠太に要を取られる事。
 そして、悠太があっさりとオレを置いて帰った事が。

(要に対する想いは一緒じゃ嫌だ。でも、悠太も一緒に居て欲しいんだ)

 余裕はないだろう。
 けれど、あの時がっかりとした気持ちになったのは、そんな理由ではなかった。
 ただ自分の気持ちをあの言葉で誤魔化しただけで。

(………我侭だな)

 知っていたけど、此処までとは。

(悠太も要も、傍に居て欲しい、なんて)

「おい、祐希?」

 終わったんなら帰るぞ、と要がノートを片付けだした。
 それに倣ってオレも筆箱やらを片付ける。

「……要」
「何だよ」
「今度は、悠太も誘って勉強しよう」

 言えば、少しだけ要の動作が止まって。

「あいつにはそんな必要ないと思うけどな」

 そう言いながら笑って、頷いた。

「…ありがと」

 そんな要が、好きだよ。

 聞こえないくらいの声量で。





「ゆーた」
「何?」
「ごめんね」
「何が」
「今度は、一緒に勉強しようね」
「……」
「寂しかった?」
「……ちょっとね」





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 20090401
〈強欲と言われても二人が必要なんだと言えば、きっと呆れた顔で、優しい顔で、知ってたよと彼らは言うに違いない。 〉





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