寝言に近い告白を

[ 月が笑った ]



 子どもに孵りたい時が在る。
 それは欲求に似ていた。
 どうしようもなく、理由(わけ)もなく。
 欲してしまう事。





  in the night





 ヒイロ、と呼びかけて振り向いてくれる回数が、三回に一回くらいになった頃。
 夜の帳の中、ソファに身を寄せるその姿を見てふと溜息を吐いた。
 近付いて俯く彼の髪をそっと上げれば、疲労の濃い顔が見えてまた溜息を吐きたくなる。
 全く何をしたらこんなに、と、忙しさに慣れた筈の俺でも思うのだ。
 他の三人も同意してくれる事だろう。
 そう考えた俺の目の前で、彼は俺の手を鬱陶しがるように払って身を捩った。

「…ん……」

 それでも眠りの中に佇む彼は、決して目覚めている時には見せない顔をした。
 子どもが洗濯から返って来たばかりの布団を抱きしめて身を寄せるような。
 春の日差しの中蒼い空の下の草原で寝返りを打つような。
 そんなあどけない、壊れそうな寝顔。
 可愛い。
 素直に思ったそれは、別段今ふと思い浮かんだ事じゃない。
 平素でも何気にそう思う事は幾らも在るのだ。
 それはふとした瞬間、風が一瞬通り過ぎたような。
 そんな感じで訪れる。
 それは宝物を見つけた瞬間の感動に、等しい。
 だからそれを壊してしまうのは酷く酷く嫌なのだけれど。

「でもこんな所で寝てたら風邪引いちまうかもしれないしなぁ…」

 一般的にはそうだが、ヒイロの場合はどうだろう。
 ……大丈夫なような気がする。
 が、わざわざそんな危険を冒す事もないだろう。
 パイロットがいざと言う時不調になったらどうする。
 泣くに泣けない。
 気持ち良さそうな所悪いけど、と心の中で謝って。

「おい、ヒイロ。起きろ」

 風邪引くぞ。
 寒いだろ。
 つかこんな所で寝るよりベッド行け。
 聞いてるか?
 おーい。

「ってマジで起きろ」

 不毛な遣り取りだ。
 一人相撲と変わりない。
 あぁもうだったら毛布を掛けてそのままにしておこうかな。
 そう、思った時。

「うる、さい…」

 漸く返って来た反応は彼らしく可愛くない言葉だ。
 けれど漏れるのは溜息ではなく微かな笑み。

「やっと起きたか」

 そして再度先程の言葉を繰り返す。
 聞き終えて少し経ってから、こくり、と頷いたから安心していたのに。

「…………おい」

 彼はまた身体を丸めてソファへと寄りかかる。
 それはもう座っている姿勢ではなくて寝る体勢だ。
 ヤバイ、本格的に寝る気だ。

「こら、頷いたんじゃなかったのかよ」

 慌てて説得に掛かれば。

「…頷いたが……、ベッドに、行くとは……言って、ない…」

 子どものような言い訳だ。
 ヒイロが?
 凄いな。
 自分は今何か凄い場面に立ち会っているらしい。
 感動は全くといって良いほどないけれど。

「…わぁったよ」

 彼が動く気がないのなら、自分がこれ以上できる事はない。
 彼に勝てない事は、嫌というほど知っている。
 だから。

「俺も一緒に此処で寝てやる」

 うっつらうっつら意識を飛ばしかけていた彼は、俺の親切な言葉を聞き流したくせに、その言葉だけは聞こえたようで。

「……は…?」

 何言ってるんだと眇められた目に、何時ものような鋭さはない。
 それがまた可愛い。
 そんな事は決して言わず表さず、俺は飄々として言い切った。

「俺も此処で寝たいの」

 毛布持って来てやるからさ。

 その言葉につられたのか、最早どうでも良いと判断したのか、彼はゆっくりと考えた後、ゆっくりと頷いた。
 そしてそれを最後に本当にソファに身を沈めた。

「あらら」

 本当に疲れてんだな。
 自分にこのような姿を曝け出すとは。
 彼らしくない。
 けれど、それは最近頻繁に思う事だ。
 つまりそれは彼が心を許してくれてきているのだと、自惚れても良いだろうか。

「まったく、餓鬼だねぇ」

 最初の出会いを思う。
 最低最悪の初対面。
 何せ自分は彼を銃で撃ったのだ。
 そして傷も負わせた。
 まぁその後何度かどう考えてもそれに見合わない報復を受けたけれども。
 子どもの身体をして、全く子どもらしくなかった彼。
 それがこんなにも変わっていく。
 固い氷が解けてどんな形でも対応できる水に変わるように。
 最後まで解け切ってしまうという事は、ないのかもしれないけれど。

「俺はそんなお前の方が好きだぜ」

 そんな告白と共にキスを送る。
 お休みと好きとを混ぜて。





 それは闇だけが知っている、ある夜の事。





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 20091020
〈そして翌日、起きたヒイロに「なんでお前がここにいるんだ」と殴られたのは、悲しいかな、予想の範囲内だった。〉





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