願わくは塵と灰とを同にせん
[ 鬼さんこちら、手の鳴る方へ ]捕まえられたらそこで終わる。
鬼ごっこみたいな、そんな恋を、していた。
―――なのに。
「捕まえた」
蒼の瞳が直ぐ傍に。
キラキラと輝く太陽の髪と似合いの笑み。
言葉はそれだけ。
それだけ、なのに。
(一瞬前の関係すら、塗り替える言葉)
苦笑すらできずに、彼は瞳を静かに閉じた。
上手く躱していた筈だった。
丁度良い距離を保っていた筈だった。
仲間と仲間。
いやもしかしたら、友達、兄弟と、言い換えられそうな関係を築いて。
けれど何時か離れ行く関係にはそれすら重荷で。
どちらもが歩み出すだけ。
遺す訳じゃない。
離れる訳じゃない。
ただ元の関係に、見知らぬ頃の関係に、戻るだけだと。
その為に自分に課した、誰にも言わない、言えない約定を、何度心に唱えただろう。
(言わない、言わない、俺は―――…)
知っていた、彼が恋をしている事。
外ならぬ自分に、恋をしている事。
そして自分が、他でもない、彼に。
(何て事―――笑うしかない)
叶うかも知れない、なんて。
そんなのはもう希望じゃない。
幸せでは有り得ない。
悪夢だ。
そんなのは、もう。
(何時かは離れるその日を、絶望して待てと言うのか)
心許される事も、愛しみ愛おしまれる事も、本当なら喜ぶべき事なのだろうに。
許されないんじゃない。
自分がそれを許さないから。
だから言わないで来た。
言うつもりも、そして言わせるつもりもなかった。
捕まるつもりなんて、なかった、のに。
「……馬鹿」
漸く言ったそれは、震えて、掠れた。
聞こえたか何て知らない、気にしてやらない。
自分が悪いんじゃない、こいつが悪いんだと。
誰に言い聞かせるでもなく心の中で言えば、聞こえたかのように相手が笑う。
「馬鹿はフリオの方ッスよ」
す…、と頬が擦られる。
それは宥める為のようにも、存在を確かめる為のようにも思えて。
自分がそれ程不安定な存在である事を、行動で示された気がして。
一瞬開いた琥珀の瞳は、直ぐさま隠される。
落胆に力を落としたのだと知れて、太陽の子は喉を震わせて笑った。
「馬鹿だよ。何で何で、そう思うの」
何を思ったかなど知らない癖にと言いたくて、けれどそれが真実でない事なんて互いに痛い程知っていたから、むくれた子どものように唇を引き結んだ。
だからと言って、その心が子どもみたく無垢に純粋に悔やみ哀しんでいる訳もなくて。
「……ティーダ」
訳も分からず呼んだ名は、縋るような色を残して空に消える。
視線は疾うに下ろされて、自分より小さな彼の、蒼の双眸より更に下方の服辺りを彷徨った。
意味なんてない、訳なんて、もう、分からなかったけれど。
「ティーダ」
名を呼ぶ。
希望もなく、ただ、泣きそうな声で。
それに応えたのは。
「―――」
多分きっと、言葉よりも、安心するもので。
「…知ってるよ、フリオニール」
遠ざかる蒼と金。
温もりも、それに伴われ。
唇に残るは、寂しさと、何か、で。
それが何かを知る前に、柔らかく笑んだ瞳に惹き寄せられて、思考が其処から動かない。
そして零された言葉に。
「照れ隠しの嫌いほど、酷い嘘はない、って」
震える吐息が、唇を濡らして過ぎ通る。
「俺がそう思ってる事、フリオはさ、知ってたんッスよね」
言えば楽だったのだろうと思う。
それが自分を遠ざける一番の策だと、彼は知っていたのだから。
言わずに、曖昧に微笑み続けた彼。
それは拒絶ではなく、だからと言って、承諾では有り得なかったけれど。
「ねぇ、フリオニール」
優しい時間だったね。
友として、兄弟として、過ごせた時間。
何の心配もなく、寄り添えた。
でもね、もう。
もう、無理だよ。
そんなのじゃ満たされない。
安心なんて要らないんだ。
…我が儘だね、ごめんなさい。
それでも。
「嫌いなんて言わないで。嫌って言葉も、言わせない」
夢に絶望なんてしないで。
見えない未来を哀しんでもしょうがないでしょう?
だからだから、ね。
「聞かせて」
愛の言葉じゃなくて良い。
誓いなんて求めてない。
言って欲しい言葉は、そんなのじゃ、なくて。
「言ってよ、フリオ」
そしたらそれが、多分夢の続きに、なるから。
そう、強請って言えば。
「 」
太陽の子が笑う。
遅れて、花の様に笑った、彼。
その言葉が消える事を厭うように、閉じ込めるように。
どちらともなく、唇を寄せ合って。
それは、長い長い鬼ごっこの終わり。
幸せになれる筈の、夢の、始まり。
(「ずっと、一緒」)
20101015
〈粛々と更ける夜のように。〉