ココに、遺す詩。

[ 終焉の向こう側で待っていて ]



 ねぇ、どうか。
 心に刻みつけていて。
 夢の欠片にもなれない、僕等の軌跡を。





  Good bye, good day.





 生きてきたよ、と義士は言う。
 戦火の中、死と隣り合わせに、色んなものを失いながら生きてきたのだと彼は言う。

 ……哀しかった?

 聞く太陽の子に、そうじゃない、と首を振る。
 あぁ確かに哀しみもあった事は否定しないけれど、そうではなくて。

 許せなかった。

 と、昏く微笑し睫を伏せる義士の横顔。
 太陽の子は、じっとじっと見詰めて、ほんの少しだけ、目を細めた。
 それ以上を義士が言う事はなくて、だからそれ以上を太陽の子が聞く事はなくて。
 過ぎる静寂。
 白む夜空。
 あぁ明日が近いよと。

 ……かえろ。

 太陽の子が立ち上がる。
 綺羅綺羅と輝く一番星も消えたから、もう寝床に還ろうと。

 ………そうだな。

 義士も立ち上がる。
 きっと、傷付きながらも戦場に赴く朝の中で、何度も繰り返したであろうその動作。
 そして朝が待ち受ける夜の端を、琥珀の瞳で眺め見て。
 見えない未来さえも見通せたらと願うように見遣るから。

 還ろう。

 再度太陽の子が促す。
 風に棚引く義士のマントを引っ張って、子どものように強請るその様に、義士は小さくくすりと笑んで。

 …あぁ、還ろう。

 歩き出した義士、その背を見て、立ち止まったままの太陽の子。
 肩越しに振り返って、義士が見ていた先を見る。
 夜は益々朝に侵略されそうになっていて、緩やかな瞬きの繰り返しを重ねれば、夜は何処かに消えるだろう。
 それは少しだけ淋しい事のように思われた。
 朝が夜に取って代わったとして、でも時が過ぎればまた夜が世界を君臨する。
 その繰り返し。
 帯の端っこと端っこが、輪になっただけの関係。
 知っている筈なのに。
 どうして、だろう。

   …。

 唇は一瞬だけ震えて、それは小さな小さな言葉になった。
 弱い弱い声になった。
 その小ささと弱さに太陽の子は打ちのめされて、走り出す。
 先にいる、ずっとずっと先で待つ、義士の許へと駆けだして。

(何でだろう)

 跳ぶ景色の中、太陽の子は冷静に考える。
 心の中に蹲るその感情を眺め遣って考える。

(何で何で)

 義士に飛びつき抱き付いて、一瞬の驚きと年長者である自覚との狭間で揺れた表情の後、それでもしょうがないなと笑った義士に笑いかけて考える。

(世界は、オレ達を見捨ててしまったんだろう)

 優しい情景の中、笑って太陽の子は泣いた。
 何れ別つ道に自分と彼を呼び寄せた神を恨んだ。
 それでも自分という感覚が彼の存在を感じる事を許される今だけは。

 …ティーダ?
 ………ぅん?
 お前…。
 うん。
 ……いや、何でもない。
 なんッスか、それ。
 良いんだ。
 変なのばら。
 煩い。
 …へへっ。
 なんだ、いきなり笑って。
 なーんでもないッス。
 そうか。
 うん。
 ………なぁ、ティーダ。
 何?
 還ったら、寝るか。
 へ?
 ま、どう考えても今から寝ても寝不足には違いないが、まるきり寝ないよりはマシだろう。
 あー。
 どうした?
 いや、うー…、起きられる、かな?
 は?
 や、オレ、寝こけちゃって、ウォーリアにシュクセイされないかなー、って。
 あー…。
 あり得そうで、怖いんスよねぇ…。
 ……大丈夫だろ。
 そ、かな。
 あぁ、俺が起こしてやるさ。
 …ほんと?
 信用できないか?
 ううん、そんな事、ない。
 なら安心して寝ろ。
 …うん。
 ……ティーダ。
 ん?
 夢の終わりに、俺はいるから。
 ―――…。
 だから、大丈夫だよ。

 と義士は言う。
 陽だまりの声で、何でもない事のように、そんな事を言うから。
 太陽の子は固まったまま動けなくなった。
 恥ずかしさや気まずさからでなく、驚きに似た歓喜の中で。

(……あぁだから)

 心の底から思う。
 心の底から、叫ぶよ。

 フリオニール。
 ん?
 大好きッス!

(夢の終わりに貴方がいるのなら、夢見る事など怖くない)





 ―――…それは、沫雪の降り積もる中、足跡を探すような事かも知れない。

(ねぇ、それでも)

 憶えているよ。
 憶えているよ。
 君と歩んだ道、一瞬燦めいた光も、傍を通った風の優しさも。
 みんなに向けられた笑顔。
 俺だけに向けられた笑顔。
 無垢、とばかりには言えない色を孕んだ、その笑顔を。
 憶えておくよ。
 憶えておくよ。
 一歩踏み出す毎に薄れてしまっても。
 悔しさに唇を咬み血を流して、哀しみに睫毛を濡らし涙を流しても。

(だから、ねぇ)

 憶えていてね。
 憶えていてね。
 どうかどうか、どうか。





(僕等が紡いだ、夢物語を)





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 20101002
〈そこに居て。夢の淵で、待っていて。〉





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