嵐の夜、が明けた日の事

[ a summer day ]



 さやさやと風が吹く。
 夏の装いの風だ。
 その風の姿を捕らえようとするように、夏の空を写し取ったような瞳で空を仰ぐ少年は、自分を呼ぶ声を聞いて空から視線を引きはがし、其方を見る。
 少し離れた所に、蜂蜜色の瞳をした少年がいた。
 年の頃は、呼び掛けた蜂蜜色の瞳を持つ少年の方が上だろう。
 呼び掛ける事に慣れた風も落ち着いた雰囲気も、年上の貫禄と言えばぴったり合った。
 蒼の瞳を持つ少年も、それに反発や違和感を覚えた様子もなく素直に享受し近付いていく。

「どうだった?」

 落ち着いて感情を覗わせない声に問われた少年が僅かに笑む。
 それが何を指してかに気付いてだろうか。
 それとも、ただ感情の表れない声を哀しいと思ってだろうか。
 兎も角蜂蜜色の瞳の少年は僅かに屈んで蒼の瞳に自分の目線を合わせると、より一層笑みを深めて頭を撫でた。
 甘受する少年は、ぱちくりと瞬きを緩やかに繰り返す。

「何もなかったよ」

 その瞬きは、その言葉が終わると共に終わった。
 見上げる蒼の瞳は蜂蜜色の瞳から逸らされない。
 じっとじっと見上げて。
 何かを見抜くように見続けるから。
 瞳が渇いてしまいそう。
 見られ続ける少年は心の中でそう思って、それでも逸らす事も瞬きをする事も躊躇われたから、睨めっこのように自分より小さな少年の瞳を見続けた。
 笑わせたかった訳ではない。
 睨み付けたかった訳ではない。
 ただ成り行きでそうなって。
 あぁけれど。
 だからと言って泣かせるつもりなど、尚のこと、なかったのに。

「……スコール」
「っ……、…」
「何を泣くんだ?」
「…ッ……」
「笑って」
「……っ…」
「笑って、スコール」

 ね、と。
 穏やかに優しく願うのに。

「ごめんなさい…ごめ、なさい」

 幼い子は口を開いたかと思えば其ればかり。
 そんな言葉は聞きたくないと口を塞いでも涙を掬う両手で精一杯の抵抗をし続けて、だから両の頬は涙でてらてらと満遍なく濡れた。

「スコール…」

 諦めて手を離す。
 あぁそしてまたあの言葉を聞くのかと、少しばかりうんざりして溜息を吐けば。

「好きだよ、好きだよ、フリオニール、でも俺は」

 その先は涙声に壊されて聞く事は出来なかった。
 聞きたいとも思わなかった。
 それを言わせる自分をきっと自分は許せないと蜂蜜色の瞳を持った少年は思う。
 だからただ少年は彼の手を握って蒼い空を見た。
 心地良い風が吹いていた。





 少し前、風が吹いた。
 強い強い風だった。
 それは雷を呼んで、雨を呼んだ。
 強い強い嵐になった。
 そうは言っても時間にすればそれは一日のほんの僅かな時間の事だった。
 それでもその効果は絶大で。
 人にとっては恵みとなった。

(ただ小さな植物たちは、耐えられなかった)

 葉っぱや茎の残骸すらない。
 ただ土は抉られ、水を含みドロドロになっていた。
 小さな花の一群があった筈だった。
 綺麗で可愛い花だった。
 キラキラと輝く小さな小さな花の命は、たった一時の嵐で奪われた。
 その何もない場所で立ち竦んだ蜂蜜色の瞳の少年は、一度だけ溜息を吐いた。
 それ以外は、何も。





 仕方のない事だと言ってしまうのは簡単で、でもだからこそ少年は其れを言う事が出来なかった。
 手を繋ぐ少年は泣き続けていた。
 知っていて、口を閉ざす。
 空を見続ける。
 心の中で、言葉を零す。

(仕方ないじゃないか)

 自分たちではどうしようもない。
 冠する名がどうだというのだろう。
 守りたいという意識が何かを守る訳ではない。
 決めるのは何時だって幾つも名前を持つ〈より大きな存在〉で、自分たちは人間のように受け入れるしかない。
 精霊という存在は、あまりにも無力だ。

(…仕方ないじゃないか)

 それでもその言葉は誰も救わないから。
 蜂蜜色の瞳の少年は蒼色の瞳の少年の手を握り続けた。
 無言のまま、握り続けた。





 雨も花もない、カラカラと渇いた世界を、一陣の風が吹いていった。





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 20100610
〈隣り合っても寄り添っても、同じでは、ないから。〉





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