何も願わず花は咲く
[ nobody knows ]「……スコール?」
保健室。
寝ている筈の君が居ない。
「ったく何処行ったんだ?」
一緒に帰ろうと言ったのは確かあいつからだ。
まぁ、家は同じ方向だし、昔から何かと一緒に遊んでたから、高校に入っても俺と一緒に登下校をというのは分からなくもないが。
(しかし、他にも友達は居るだろうに)
…いや。
(いない、のか…?)
スコールの普段を顧みる。
一人が多い。
(それにあいつ無口だし、無表情だし、目つきがちょっと怖いし…)
あぁでも女の子には受けが良さそうだが、あまりきゃーきゃー言われるのは好きじゃなさそうだ。
男にはどうだろう。
やはり近付きがたいもんなんだろうか。
(まぁでも、クラウドと相性が良いかもな)
と、同じクラスで気の合う彼を思い浮かべる。
あいつも確か周りと打ち解けるのが苦手だ。
(それにしても、同学年にいなかったかな…)
…あぁ、そうだ。
(ティーダが居るじゃないか)
スコールなら保健室で寝てると思うッス、とスコールの教室に迎えに行った時教えてくれたティーダは、確かスコールの家の少し離れた所に住んでいたはずだし、そこそこ話もしていたと思う。
あと、ジタン、とかいう子もスコールの口から出た事があったが。
(……それくらいか?)
二人?
高校生活二年目にもなって、二人?
「…いくら何でも少ないだろう」
いや、もしかしたら口に出してないだけで、片手では足りない程の友達が居るかも知れない。
そうだ、俺が全て知っている訳じゃないんだから。
…しかし。
「……想像、できない」
片手で足りない程の友達が居るスコールが。
(……まぁ、スコールだしなぁ)
思わず苦笑が漏れる。
少々失礼だとは思うが、スコールにはそう言う印象が強い。
輪に入れなくなるから。
一人は嫌だから。
置いて行かれたくないから。
そういう人が抱きやすい恐怖とは無縁なのかも知れない。
それを強さというのか、無関心というのかは、人それぞれだろうけど。
フリオニールはそれで良いと思っている。
スコールはあれでいて結構強引だ。
手に入れたいと思ったもの、手にしたいと思った事に妥協しない。
ならば本当に手に入れたいと思うものはきっと別にあるのだろうと。
それが友達でなかっただけの事だ。
(ま、友達ってのは良いもんなんだけどな)
そんな事を考えながら、フリオニールはスコールを探した。
行きそうな場所から探していき、次いで行かなさそうな場所にも手を広げてみたが。
「……居ない」
帰ったとは思えない。
さっき靴は見たがあったし、それに大体スコールから言い出した事だ。
反故するとは思えなかった。
「うーん…後はぁ…」
行ってないところ、と言えば。
「……あそこ、かな」
取り敢えず行ってみる事にした。
(………居た)
庭園。
家庭科の授業で育てる野菜や、園芸部の花。
それらが所狭しと並ぶそこには、一脚だけベンチがあった。
固いだろうに、スコールはそこに半ば寝そべるような格好で眠っていた。
「どう考えても保健室のベッドの方が良いだろうに…」
そんな事を呟いて、起こそうと肩に手を遣ろうとした瞬間。
(………綺麗、だな)
既に太陽は夕陽の色をしていて、それがスコールの顔を照らしていた。
茶色の髪は金に近い色で燃え、誰かがスコールの様子をさして言った獅子という言葉を彷彿させる。
キラキラと輝くそれは、何だか宝物のように見えて、フリオニールはじっとスコールを見詰めて起こす事を忘れかけていた。
そこへ。
「……何だ、手を引っ込めたから、別の起こし方をしてくれるのかと思ったのに」
じっと見ていたスコールの瞳が開く。
その声は、どう聞いても寝ていたものの声ではなくて。
「お、お前…! 起きてたのか!?」
年下の、しかも同姓の顔に見とれていたと知られたフリオニールは、恥ずかしさの為に顔を紅くする。
スコールはそれを見て珍しくも微笑んで。
「少し前まで寝てたが、お前が来たので、寝たフリをした」
「何でだ!」
「何故?」
と。
ちゅ
唇に、感触。
「こうしてもらえる事を期待して」
「~~~ま、またお前はこういう事をッ!!!」
キッ!、とフリオニールは飄々とするスコールを睨み付けて。
「何度も言っているがこここーゆーのは女の子にするもんだッ! 男の俺にはするもんじゃない!」
言うも、スコールは悔いた素振りも見せない。
またかと言いたげに肩をすくめるばかり。
段々怒っている自分が哀しくなって、フリオニールは怒りを静めた。
「ところで、何で此処に居たんだ?」
「あぁ。放課後暇だったから保健室に寝に行ったら、此処の花が綺麗だったんで来てみたんだ」
そうか、とフリオニールは気が付いた。
確か、保健室のベッドのある側の窓からは、此処が見えるんだったか。
なるほど、と頷くフリオニールを見て、スコールは分かるか分からないか程度に目元を和らげた。
「綺麗に育ったな、此処は」
「…そ、そうか?」
「あぁ、中学の時に遊びに来た時は、ただの茂みにしか見えなかったのに」
雑草が生え、手入れされていない為に花も咲かない、野菜は育たない。
全ての栄養分は、雑草に。
そんな感じの場所だったのに。
「綺麗なものだ」
「そ、そう言ってもらえたら、世話をしてる人も嬉しいだろうな!」
丁度三年前からだ。
少しずつ少しずつ、でも確実に此処が綺麗になっていったのは。
雑草は取り除かれ、地面が見えるまでになり。
元からあった花は整えられ、肥料が撒かれた。
そこからは自分で持ってきたのか、様々な種類の花が芽吹くようになった。
野菜の成長も著しい。
そうして凡そ一年の時をかけてこの庭園を復活させた人がいる。
ただ残念なのは。
「そいつの素性が分からない事には、礼の言いようもない」
その作業をしてくれた人が誰か分からない事だ。
何時の間にか手入れされ、何時の間にか増えていた。
誰もがその誰かを知ろうとしたが、何故かできずに結局三年経った今でも分からないままだった。
「…礼なんて、いらないだろう」
ふと、フリオニールがそう言った。
「誰かがこの姿を守りたいと思ってくれたら、それで良いんだ」
そう、ふわりと笑って言うから。
スコールは、まったく、と溜息を零して鞄を手に持つ。
「早く帰ろう、フリオニール」
「あぁ、ってお前が居なくなるからこんな時間まで…!」
そんな声が、二人分の足跡が、庭園に少しの間響いて、そして消えた。
庭は、人が、もしくは彼が居なくなった事を寂しがるようにさわさわと花や葉を揺らしたが、何時の間にかそれもまた消えていく。
夕陽はそんな庭を、最後の一光まで照らし続けていた。
20100201
〈知ってほしいなんて思わない。ただ美しいと、そう思う心を大切にしてほしい。〉