想いと距離と

[ 天体観測 ]



 表情を作る事も、言葉を紡ぐ事も苦手だ。
 なのに気持ちを抑える事ばかりに長けている。
 そんな自分だから、あいつがとても羨ましい。
 己の言葉をはっきりと言い、感情を相手にぶつける事の出来る、あいつが。

(あぁ、ほら)

 彼の名を呼び、走り、彼に抱きついているあいつ。
 俺は一歩も動けず、だからただそれを見守っている事しか出来ないのに。





  物理的距離≠心理的距離





 共に行動するセシルとティーダとフリオニール、そしてクラウドは、「ちょっと休憩しようか」というセシルの一言で休息を取る事になった。
 そうすれば、それまでまとまっていた四人も各々の身を休める為に散っていく。
 セシルは寄りかかれる場所に座り、フリオニールは武器を点検する為か、広い場所に陣取った。
 ティーダは直ぐさまフリオニールに駆け寄りその勢いのまま背中に抱きついて、そしてちょっとした遣り取りの後、傍に座って喋り込む事を選んだようだ。
 それを視線で追って、クラウドは立ち止まったその地点に座り込む。
 身体を動かさなければ、さらさらと風が流れていくのを体感できた。
 戦っている間や、敵を探す為に歩き回っている時には感じられない自然の流れ。

(……落ち着く)

 戦いだからと気を張りすぎているのか、それとも常に誰かと一緒にいる事への緊張か。
 分からないが、眼を閉じ呼吸を繰り返す事で強張る身体を解していく。
 しばらくして一つ大きな息を吐き瞳を開けたクラウドは、また視界を巡らせて人影が一つなくなっている事に気付き首を傾げた。
 さっきフリオニールとじゃれていたティーダがいない。

(…何処へ行った?)

 一人よりも大勢を好む彼は何時でも誰かの、…いや、彼の傍にいる。

(なのに何故?)

 怪訝な表情でクラウドは更に念を入れて見渡した。
 すると金と茶が混じった髪がセシルとフリオニールの真逆の位置に見えた。

(わざわざ移動したのか)

 気になる。何時もは絶対に離れない彼から離れた理由が。

(……行ってみるか)

 何時もなら他人と深く関わる事を忌避する自分が、今回重い腰を上げたのは何故だろう。
 単純な疑問か、下世話な好奇心か、それとも。

(………興味なんて、ない)

 まるで言い聞かせるようだと、歩を進めながらぼんやりとクラウドは思った。





 何かを考えるように一人ぽつんと地面を凝視しているティーダに近づいたクラウドは、おい、と短く呼びかける。
 思考に熱中していたのか、途端肩を跳ねさせたティーダはクラウドの姿を認めてほっとしたように息を吐いた。

「クラウドか。どうかしたんスか?」

 それはこちらの台詞だ、とばかりにクラウドは問い返す。

「何か、あったか」

 その表情と同じく感情が取り払われたようなクラウドの声の中に、けれど今回は何処か気遣うような色を感じ取って、ティーダは少し驚いた顔をした後微かに俯いて照れくさそうに笑った。
 クラウドから心配されるという事は滅多にある事ではない。
 だから嬉しくて。
 そしてその言葉がティーダの心の中を吐露する事への躊躇いを払拭する。
 するりと言葉が出たのは、きっとその所為。

「えっと、ある人の事で悩んでるんスけど……」

 その言葉と表情で分からぬはずがない。
 また、何時もの行動を思い返せば考えなくとも分かる。

(ある人、などと(ぼか)した所で無意味だな)

 それを口にはせず、クラウドは小さく溜息を吐きながら問う。

「フリオニールの事か?」

 あっさりとしたクラウドの言葉に、ティーダは俯けていた顔をバッと上げた。

「な、何で…!」

 パクパクと口を開閉するティーダを内心面白いと思いながら見ていたクラウドは、何を当然の事を、とでも言うように首を傾げた。

「ティーダはフリオニールが好きなんだろう?」

 瞬間顔を赤らめてティーダが叫ぶ。

「気付いてたんスか!?」
「気付かれてないと思ってたのか?」

 セシルも気付いていると思うが。

 そう鋭く返せば、うっ、と言葉に詰まるティーダ。
 蒼くなったり赤くなったり、顔色の変化が何時もより著しい。
 そうかもしれないとは思っていたようだな、とクラウドが口に出さず思っていると、ティーダは小さく俯いて、拗ねるように唇を尖らせた。

「だ、だって、フリオニールはぜんっぜん気付いてくれないから、俺の態度ってそんなに分かりにくいものなのかなって…」

 それに…、と言い辛そうに言葉を繋げ、問うようにクラウドを見た。

「二人が気付いててフリオニールが気付かないって事は、俺をそーゆー対象として見てないって事ッスよね…?」

 あぁそうか、とクラウドは気がついた。
 なるほど、ティーダはその可能性を肯定したくなかったのだろう。
 二人が気付かないほどティーダのアピールが分かりにくいのなら、フリオニールが何時まで経ってもその気を示さないのは納得できる。
 しかし、二人も気付いたティーダのアピールに何も返さないのなら、脈なしと判断を下すしかない。

「……と言うよりも、フリオニールがもの凄く恋愛に疎いと言う事だと思うが」
「でもでもっ、あんなにアピールしてまだ気付かないって、よっぽどッスよ!?」

 ティーダの悲鳴に、確かに…、とクラウドは視線を彷徨わせた。

(意味もなく触れる。率先して喋る。視線が合えば笑いかける。隙あらば抱きつく。勝手にあだ名で呼ぶ。好きな相手にちょっかい出すガキの如くいじる。ちょっとした事で駄々をこねる。他の仲間に構いすぎると拗ねる、等々か……)

 思い返しても、フリオニールに対し仲間だけの関係にしては度が過ぎた接近を試みてきたティーダ。
 だが、相手のフリオニールはそれを何故だか当然の事のように受け止めていて、まるでティーダらしい他人とのコミュニケーションの取り方だとでも言うかのようだ。
 確かにティーダは良く言えば親しみやすく、悪く言えば馴れ馴れしいコミュニケーションを好むが、フリオニールに対するのに比べればまだ軽いものだ。
 なのに、気付いてない。

(よっぽど、なのだろうな…)

 恋愛に鈍感なのか、そう言った事に淡白なのか、それともそんな事を気にしていられない生活をしてきたか。
 分からないが、何にしてもフリオニールの鈍感さは正真正銘のものだろう。
 フリオニールは真っ直ぐで純粋だ。
 それ故にティーダの気持ちを知りながら無視するなんて事が出来る訳がない。
 気付いたなら、どう隠そうとも顔に出てしまうはずだ。

「…厄介だな」

 気付けば声に出していた。
 瞬間、息を詰め視線だけでティーダを盗み見る。
 小さな呟きはどうやら思い悩んでいるティーダには聴こえなかったようで、クラウドはほっと胸を撫で下ろした。
 その言葉はティーダへの慰めでも奮起の言葉でも、ましてやただの客観的な感想でもない。
 自分自身への、言葉だったからだ。

(まだ、未練があるのか)

 微かに自嘲し拳を握る。
 疾うに諦めたはずだ。
 ティーダのフリオニールに対する想いを知った時に。
 クラウドは決してティーダみたいになれない。
 フリオニールに親しく声をかける事も叶わなければ笑みを向ける事も出来ない。
 近づく事だって躊躇うのだ。
 対してティーダは何の躊躇いもなくフリオニールに近づく事が出来る。
 その事実は、まるでクラウドとティーダでは決定的にフリオニールとの距離が違うのだと突きつけるかのよう。

(なのにまだ、フリオニールを振り向かせる事への執着を捨て切れていないのか)

 こんな未練がましい性格をしていただろうかと、クラウドは嘲笑を深めた。
 喋りかけるどころか近づけもしない。
 そんな自分が彼の心に触れるなど―――。

(―――…けれど)

 気付いた事に、握り締めた拳を解き、自嘲の笑みを収めた。
 もしかして、と思考を改める。

(距離なんて、関係ないのかもしれない…)

 フリオニールに近づけないクラウドと、近づけるティーダ。
 その差が全てだと思っていた。
 けれど、本当にそうだろうか。
 違うのではないか?
 本当は物理的な距離、目で測れる距離に意味はないのかもしれない。
 あれだけティーダが近づいているのに心が近づいていないという事は。

(先に心の距離を詰めた方が勝ち、という事か)

 どちらの方が難しいのだろう。
 分からない、けれど。

(俺とティーダ。今のところ立っている場所は同じ、か)

 フリオニールとの距離が等しいのならば。

「ティーダ」

 呼びかけに、ん?、と頭を抱えていたティーダがクラウドへと視線を向ける。

「頑張れ」

 相変わらずの無表情。
 それに激励はあまり似つかわしくなかったけれど。

「もちろん、頑張るッス!」

 言われた言葉が純粋に嬉しい。
 だから笑顔でそう返したティーダに、しかし、とクラウドは言葉を重ねる。

「俺も頑張らせてもらうけどな」

 え、と見開いたティーダの瞳に見えたのは、振り向き様の小さな笑み。
 それは、クラウドにしては珍しく、はっきりとした感情。

「え、えっ、クラウド!?」

 どーゆうことぉ~~~!?、とクラウドの背を追うティーダ。
 答えてやるものか、とクラウドは口元を引き結ぶ。
 それは笑みを象って。

(興味ない―――などとは言っていられないな)

 自身の口癖を思い出して、微苦笑した。
 そう言って自身を偽るのはもうお終いだ。
 諦める事を止めよう。
 進む事を考えるんだ。

(心の距離。体の距離。どちらも―――縮めてみせる)

 密かな決意を胸に、クラウドは歩く。
 彼等の元に。
 彼の、元に。

「―――行こうか」

 視線は一足先に、目標へと向く。





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 20090401
〈それは太陽に恋する向日葵のように。〉





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