夢の共有、想いの共存

[ little flower ]



『のばらの咲く世界が見たいんだ』

 そう言った彼の顔は、戦いの中で見せる精悍なそれよりもずっと幼く見えた。
 自分よりも年下だというのだから、最初は驚いたものだ。
 それでも近づく度に、知っていく毎に、年相応の表情も見えてきて少しほっとした気持ちを抱く。
 年齢に合わない老齢さには必ず裏に何かある。
 時折落とす翳は、きっとその所為で。
 けれど訊いた所で返せる言葉など高が知れている。
 だから、クラウドは口を閉ざし、そしてただ頷くだけに留めた。
 それだけなのに、何故だろう、フリオニールは小さく瞠目した後、眉尻を下げて笑った。
 泣き笑いに近いそれを、今度はクラウドが驚いたように見て。

『どうした?』

 思わず突いて出た言葉に、フリオニールは何でもないんだと首を振る。

『ただ、その……、嬉しかったんだ』
『嬉しかった?』

 微かに頬が赤くなっている所を見れば、その言葉に嘘はないのだろうが、クラウドには良く分からなかった。
 言葉を補うようにフリオニールは再度口を開いて。

『のばらの咲く世界、なんて、馬鹿げてると言われても仕方ない、って思ってたから……』

 一度口にして、誰かに何か言われたのだろうか。
 侮蔑に近い、何かを。

『……自分でも分かってるんだ。子どもみたいな夢で…夢にする価値もないような、って事はさ』

 その言葉を聞いて、そう言うフリオニールの表情を見て、小さく心に火がついたような気がした。
 それは紛れもなく、―――純粋な怒りだ。

『そんな事はない』

 表情と共に言葉も起伏の少ないクラウドの声色が乱れる。
 それに驚いてか、フリオニールの段々下がっていっていた視線がクラウドに向けられた。

『勝手に侮辱する奴には言わせておけ。どうせ大した夢など持っていなくて僻んでいるんだ』

 のばらの咲く世界―――その夢の何処が大した事のない夢だ。
 そして、その夢に向かってただ只管に歩み続ける事の偉大さを知らないとは。

『他人の夢に口出しするような、そんな矮小で卑小な奴等の言葉に耳を傾ける価値の方がない』

 言い切ったクラウドに、フリオニールはしばし硬直して、そしてふっと笑みを浮かべた。

『…うん、クラウドなら、そんな事を言ってくれるだろうなって思ったよ』

 その笑みは、さっきの寂しそうで泣きそうな笑みではなく、優しい、笑みだった。

『クラウドは俺の夢を聞いても馬鹿にもせず頷いてくれただろう? ……だから、嬉しかったんだ』

 夢を叶えたいと思う気持ちに翳りはない。
 その夢だけがはっきりとしない記憶の中で鮮明で、だからきっとその夢を追い続けて生きてきたのだろうと思う。
 今更その夢を諦める気持ちの方に変わろうとするのは無理だった。
 それでも、否定されれば哀しい。
 嘲られた時には何をして良いのか分からなくなってしまう。
 何度も繰り返したそれは、恐らく賛同の言葉よりも多い。
 だから、嬉しくて。

『ありがとう、クラウド』

 少年と青年を行き来する彼は、今度こそ少年の笑顔を咲かせた。
 そうさせたのが、意図した訳ではなくとも自分なのだとクラウドは気付いて、何だか誇らしいような恥ずかしいような気持ちになった。
 それを隠す為に小さく咳払いをして、あぁ、とぶっきらぼうに答えたのだった。
 それでも、彼は笑ってくれたけれど。





(―――懐かしいな…)

 それは、出会ってまだ少ししか経っておらず、その頃クラウドは戦う意義が見いだせなくて、迷子にでもなったかのような不安を抱えていた。
 其処から掬い上げてくれたのが、フリオニールだった。
 時間の概念があまりないこの世界で、どれくらいの時が経ったのかは分からないが、それでも寝食の回数を数え上げれば一ヶ月(ひとつき)くらいにはなるのではないだろうか。
 その間に変わったことなどあまりない。
 フリオニールは相変わらずその夢を追い続けている。

(あぁ、変わったといえば――…)

「クラウド?」

 傍から思考に沈む自分を呼ぶ声が聞こえた。
 視線を上げれば、直ぐ其処に彼は立っていた。

「何一人で笑っていたんだ?」

 すっと腰をかがめて座るクラウドの視線にあわせたフリオニール。
 それを狙っていたように、クラウドはフリオニールの後頭部に手を伸ばし、自身へと近づけた。

「なっ…!」

 悲鳴は唇に閉ざされて空気を震わせる事はなかった。

「―――い、いきなりっ!」

 何を、と最後まで言えず口をパクパクさせて顔を紅潮させるフリオニール。
 そう、変わったと言えば、クラウドとフリオニールの関係性。
 仲間から恋人へと発展していた。
 そして。

「フリオニール」
「な、何だよ…」

 呼びかけるクラウドに、不審げな視線を向けるフリオニール。
 その視線を真っ向から受けながら、けれどクラウドは愛おしげに笑って誓うようにもう一度キスをした。

「夢を、叶えよう」

 一瞬の触れ合いの後呟かれた言葉に、フリオニールは息を詰まらせて、一瞬の後に破顔した。

「―――あぁ」

 力強い頷きに、クラウドも満足げに小さく笑った。

(もうあの夢はフリオニールだけの夢ではない)

 クラウドとフリオニール、そしてティナにもその夢は広がっていた。
 夢の共有はクラウドの指標となり、想いの共存は勇気へと変わった。

(のばら咲く世界―――叶えてみせる)

 その為に、秩序を混沌から奪い返す。
 今日の戦い、それがその夢に近づく事を、信じて。





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 20090325
〈never give up.―――いつかその日がくるまでは。〉





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