無意識stressor

[ 狼少年 ]



 小さいと言われるのが嫌い。
 頭を撫でられるのが嫌い。
 屈まれて視線を合わされるのが嫌い。
 子どもだからと許されるのが嫌い。
 言葉では綺麗に隠す癖に態度で子ども扱いされるのが嫌い。
 反論の全てが背伸びだと思われるのが、大っ嫌い。

(僕はそんなに弱くない)
(ただの子どもみたいに扱わないで)
(だって僕は―――)

 …けれど。

「オニオン」

 たった一言で、縛られる。
 この人の前では子どもで居ようと思える人に、僕は出会ってしまった。





  矛盾すら噛み砕いて呑み込んで





「気に入らないッス」

 開口一番にそう呟いたのはティーダだった。
 何がだ、と周りに居た人間が彼の視線の先を辿れば、其処には彼が何時も嬉々としていじくり倒している気の良い青年と、その彼の背に乗るメンバーの中で最年少で最小、且つ最軽量の少年が居た。
 何人かはその真意を分かったように苦笑、若しくは溜息を吐いたが、ライトは分からなかったらしい、見えないはてなマークを飛ばして気に入らないと零したティーダに問う。

「何がだ?」

 それにティーダは眉間の皺をもっと寄せて、けれど件の二人から目を逸らさずに答える。

「二人とも、くっつきすぎ」

 お前が言うな―――とは幾人かの心の声。
 顔にも声にも出さない所が大人である。
 しかしライトはそれにも気付いた風はなく、さらりと返す。

「そうか。だが、中々人にあぁいった顔を見せないオニオンのあの様子を見ていると、彼もまだ子どもなのだな」
「そうなんスよ!」
「…は?」

 突然の激昂に、流石のライトも付いていけない。
 依然ティーダは二人を、と言うかオニオンを睨み付けている。

「あいつ、他のメンバーには子ども扱いされたら怒る癖に、フリオにだけ怒らないんだよな! しかも自分からちょっかいかけに行くって、何なんスかね!?」

 だからお前が言うな。
 今度こそ顔に出たそれに、けれどティーダは気付かないまま。
 むくれた顔を隠そうともしない。

「まぁ、フリオニールの人徳じゃないか?」
「そうだね。小さい子を相手にするの、慣れてるしね」
「うむ。彼ならば、とオニオンも思ったのだろう」

 クラウド、セシル、ライトの宥め賺すような言葉に、ティーダはむすっと頬を膨らませた。

「分かってるッスけど! そーじゃなくてさぁ…」

 出だしは勢いづいていたそれも語尾は弱々しく消え、最後にはへにょんと下がったティーダの眉。
 珍しく落ち込んだ顔を見せた事に彼等は驚いて、これは何かあるらしいと表情を引き締めた。

「どうしたの、ティーダ」

 優しくセシルが聞けば、ティーダはちょっとの間視線を彷徨わせて、けれど意を決したように口を開いた。
 その視線は、彼を射貫く。

「……オニオンと居る時のフリオって、俺と遊んでる時より楽しそうな顔、してるんスよね…」

 余計な力抜いてるって言うか、リラックスした顔、って言うか。

「あぁ多分、本当のフリオってあんな感じなんだろうな、って」

 自分には見せてくれない顔。
 自分では引き出せない表情。
 知った時の絶望は、まだ胸から消えない。

「……悔しい…なぁ…」

 見据える先には彼が居る。
 柔らかく笑む彼が。
 自分の傍に、そんな彼は居ない。
 ただその事が哀しくて。

「ティーダ…」

 掛ける言葉もなく、彼等はティーダを見詰め、そして縋るようにフリオニールを見た。
 彼はこの静寂を、知らないのに。





(……見られてる)

 そんな素振りを一切見せず、オニオンは少し離れた所に居る何人かの気配と視線を常に観察していた。
 と言っても、直接見る訳じゃない。
 ただ感じるだけだ。
 気配を探る、とでも言えば良いのだろうか。
 そうして彼等の視線が一括りに此方へ向けられている事を知ったオニオンは、まずいな、と一瞬眉を顰めた。

(このままじゃあ…)

 先を思い浮かべる前に、身近に居た青年が首を傾げてオニオンを見た。

「どうした?」

 難しい顔をしてるけど、と言ったフリオニールは、どうやら多数の視線やオニオンの眉間の皺を察知した訳ではなく、感覚でオニオンの雰囲気が変わった事に気付いたようだった。
 鋭いな、とオニオンは苦笑しそうになって、代わりにニコッと微笑んだ。

「向こうの木陰に行こうよ」
「あぁ、彼処か。お気に入りだな」

 うん、だって、みんなの視線を遮れるから。

 心に浮かべたそれは、微笑み返したフリオニールには届かない。
 届けるつもりも、ない。
 オニオンは微笑みの仮面の下で至極真剣な顔をして、彼等が一人でも追ってこない事を注意深く確認した。
 幸い見ていても動くつもりはないのか、その気配はなく、オニオンは気を緩めて辿り着いた木陰に腰を下ろした。

「やっぱり気持ち良いよね、この場所は」
「そうだな。思わず昼寝したくなる」

 そう言ったフリオニールの瞳はもう既に何処かトロンとしていて、後少しすれば欠伸を噛み殺しそうな雰囲気だった。
 オニオンはそれを見てさり気なく小さな欠伸を一つした。

「眠いのか?」

 目敏く見付けたフリオニールは、こくり、と頷いたオニオンに笑い掛け、寝ろ、と言うように肩をトンと突いた。

「でも、何かあったら…」
「大丈夫。オニオンが寝ても、俺がちゃんと見守っとくから」

 安心しろ、とフリオニールは言って自分から横たわると、視線でオニオンにも促した。
 ニッと笑い、オニオンもそれに倣う。
 ゴロンと横になれば、本当にぽかぽかとした陽気が気持ち良かった。

「じゃ、絶対、起きててね」

 絶対、絶対だよ、と念を押すように言えば。

「あぁ。任せておけ」

 だから、と言う頼もしい声を聞いて、オニオンはゆっくりと目蓋を閉じた。
 そしてその数分後。
 計ったようにぱちりと目を覚ませば、目の前ですやすやと眠る青年の姿が見えた。
 それがあまりにも予想通りで、オニオンの口元に微笑が広がる。

「絶対って言ったのに」

 楽しげにそう囁いても、フリオニールは反論しない。
 暖かな日差しに守られて、穏やかに眠りを揺蕩っている。
 その寝顔は、普段の彼からは想像し難い程幼い。
 こうして見れば彼もまだ子どもなのだと分かるのに。

「フリオニールはさ、頑張りすぎなんだよね」

 身を起こしてそっと手を伸ばし、陽光に煌めく髪を撫でた。
 阻まれる事なく指はするすると最後まで辿り着き、空を握る。

「僕も戦士だって、忘れてない?」

 眠る彼に言った所で無意味だと知りつつも、言葉は勝手に溢れてくる。
 あぁそうだ。
 今しか言う時がないのだ。
 己の心を知れば、彼は傷付いてしまうから。
 子どもらしくない子どもである僕に、罪悪感すら抱いている彼は。

(世界が違うのに、この人は)

 子ども扱いされるのを厭う僕が、唯一その行為を甘受できる人。
 その彼は、とても優しい人だった。

『お前も立派な戦士だな』

 そう認めてくれながら、なのに淋しげに笑う人だった。
 十八という年齢の割に落ち着いていて、人や物の性質を見抜く力は、恐らく十人居る仲間の中で随一。
 武器の多さは臆病にも見えるけど、その全てを使いこなせる技術は生半可な修練では身につかない。
 どんな幼少期を過ごせばこうなるんだか。
 思った事は、一度や二度の事じゃない。

「…違うか」

 ふと梳く手を止める。
 オニオンは、微苦笑した。

「僕が戦士だからこそ、フリオニールは頑張るんだよね」

 子どもが戦う必要なんて、本当はないんだ。
 こんな世界を知らなくて良い。
 何時かは知らなくちゃいけない世界かも知れない、それでも。
 出来るなら最後まで、知らなくて良いと思う。

『最後まで…大人になっても、戦争なんてなければ……』

 何時か寝言に混じって語ってくれた言葉。
 そんな時にしか聞けない彼の本音。
 子どもが戦わなくちゃいけないのは俺達大人の所為なんだと泣きそうな声で零したあの日の彼は、ごめんと呟いて眠りについたんだっけ。

「フリオニールだって、子どもの癖に」

 謝らないでと言えたら良かったのにそれを聞かずに彼は寝て、翌日には寝言混じりの言葉なんて覚えていない彼に態々そう言う事も出来ないから、彼への言葉は心の中に積もってばかりいく。
 だから僕には、こんな遣り方でフリオニールの心に報いるしかない。

(この人の前では、子どもらしく居る事)

 他の人の前ではしない事もフリオニールの前ではしてみせる。
 ちょっとした我が儘だって言うよ。
 それが計算尽くしで、却って子どもらしさから掛け離れた矛盾だらけの演技だとしても。

(ボロは出さない。最後まで、隠し通してみせるから)

 あぁけれど、と思い出したのは、遠くからじっと此方を見詰めてた仲間の内の一人。

(ティーダ)

 表情までは分からなかったが、それでも彼が殺気立っていた事と気落ちしていた事は分かった。
 それは偏に僕の所為。
 僕の大人よりも大人らしい子どもの振りに騙されているフリオニールの心から零れた表情を見るのが辛いんだ。
 何で自分じゃないんだと嘆いてる。
 だから本当は、こんな僕よりもティーダの方が子どもなんだと教えてやりたい。
 ティーダは純粋にただの子どもだ。
 僕みたいに計算なんてしないでそれこそ直感で子ども染みた事をやるだろうし、実際にもやってる。

(そう思っていても、僕はこの道化を演じ続けるしかないんだけど)

 あぁまた一つ矛盾が増えた。
 何時の間にかその事にさえ慣れっこになってしまった自分に、オニオンはほんのりと苦く笑った。
 その時。

「オニオン」

 さわり、と空気が動いた所為で、オニオンはもう一人の子どもがやってきた事を知った。
 顔を上げれば、其処には彼と行動を共にする事が多いティナが居た。
 彼女はそろりそろりと足を運んでオニオンと同じ身体の向きにして地に座ると、フリオニールの顔をそっと覗き込んで微笑する。

「やっと、寝たんだね」
「うん」

 やっとね、と笑うと、ティナもそれに優しく返す。

「良かった…最近また、寝られてないみたいだったものね」

 やや色の黒い肌が隠してしまう目の下の隈を、二人はちゃんと知っていた。
 じっとじっと見なければ分からないようなそれを知るのは二人だけ。

「ほんと、不器用なんだから…」

 ティナの言葉に、オニオンもそうだねと頷いて。

「でも変な所で器用だから、困っちゃうよね」

 知っているのだろうか、誰か一人でも。
 この青年の眠りが酷く酷く浅い事。
 僅かな物音で起きてしまうから、火の爆ぜる音も実は耳に毒なのだと。
 何時何が起きたって動けるように、気を張り続けているのだと。
 誰かに頼ってしまえれば良いと思いながら、けれど結局彼は誰も頼らない。
 自分が守ってみせると、仲間の知らない所で重責を勝手に背負ってる。
 気付いているだろうか、誰か一人でも良い。
 そんな不器用な彼が、疲労も寝不足も、その心に秘めた想いすら綺麗に隠してしまって居る事を。
 爛漫なティーダにすら零せず、子どもだからこそやっと緩む心の鎧。
 子どもという存在はきっと彼の中で免罪符なのだ。
 だからこそ、オニオンは。

「ねぇ、ティナ」

 なぁにと言いたげにティナがオニオンを見る。
 その視線を受け止めず、ただ感じて、オニオンはぽつりと胸の内を零す。
 強い思いを、静かな声で。
 それは宣誓と言っても良いような、想いの言葉で。

「僕は僕を子どもだとは思わないよ」

 身形(みなり)じゃない。
 心がそれを否定する。
 何時も、何度でも。

「だって僕は、戦士だから」

 武器を手に戦場を駆けてきた。
 仲間の中の誰にだって劣ってるとは思わない。
 だから嫌いだった。
 全てを子どもだからと一言で片付けられる事が。

「でも今は、自分が子どもで良かったと、そう思ってるんだ」

 さらり、とその原因を担う青年の髪が、何かを囁くように風に運ばれたのを見ながら。

「この人は、壊しちゃいけない人だよ」

 零された宝石みたいなその言葉に、ティナはそうねと言って仄かに笑った。





 また後で、と木陰から姿を消したティナを見送り、オニオンはまたフリオニールの髪を梳く。
 それでも起きないフリオニールは今、どんな夢を見ているのだろう。
 幸せな夢だろうか。
 自分の居た世界の夢だろうか。
 でも苦しげな顔ではないから、怖い夢じゃないのだろうとは思うけれど。
 あぁ後少しで日が暮れる。
 もし幸せな夢を見ているのならこのまま寝かし続けてあげたいが、彼はきっと喜ぶまい。
 揺さ振り起こして、絶対って言ったのに!、とでも怒った振りをすれば、この青年の事だ、言い訳を繕う事もなく素直に謝るのだろう。
 焦った顔をする彼を見て、まぁ良いけど、と上から目線で許してやろう。
 彼は困ったように表情を揺らがせて、でもきっと、その次は優しく笑ってくれる筈だから。

(そんな日常を守るんだ)

 彼がもしかしたら過ごせなかった、穏やかで優しい時間を。
 僕が、この手で。

(だから今は眠ってて)

「……何時も、ありがとう」

 そんな言葉は、知らなくて良いから。





戻る



 20100326
〈貴方の傍には誰がいる?、なんて聞かなきゃ分からない?(そんなこと、言わせないで)〉





PAGE TOP

inserted by FC2 system