...more
[ 愚者はただ神を恨む ]想う、だけ
幼い私の心を奪っていったのは、手を伸ばす事の許されない人だった。
彼は至高の人で、私は彼に侍る立場の者。
身分違いに沸く事も出来ず、ただその差を恨んだ。
無理矢理にでも、などと思える筈もない。
どうして求める事が出来るだろう。
彼の色に私の色が混じるとは言え。
彼は私の事など一欠片も想ってはくれないのに。
(けれど)
桜花の風雲。
金烏の祭礼。
月夜の狭間。
雪華の沈黙。
(彼が宮城に戻って来るまでの四季の輪廻の中で)
初めての邂逅。
忘れられない、あの一瞬。
耳元で囁かれた熱。
向けられた冷酷な微笑。
剣戟の熾烈さ。
最初で最後の敗北。
そして。
(育っていった想いの実)
大きく大きくなっていくその実を。
私は摘み取ろうとしなかった。
叶えられないのに。
実らないのに。
ただ重さに耐え切れずに落ちていくのも。
見たくなどないのに。
(この想いをどうしろと)
耐えられるのか。
耐えられぬのか。
行く末なんて分からない。
ただ一つだけ、分かってる。
(耐えたにしろ、耐えられないにしろ、この想いが咲かない事だけは)
近くに居る。
薄紅藤の髪に触れられるほどに。
翡翠の双眸を覗き込めるほどに。
些か華奢な身体を抱けるほどに。
彼は私の傍に、在るのに。
(それだけでは、満たされなくて)
指先が触れる一瞬が一刻に。
その瞳に映る時間が一生に。
零れる優艶な微笑を永遠に。
もっともっと、…もっと。
(そんな事を想いながら)
きっともう呼べない彼の名を、心の中で呟いて。
(私は貴方の心に触れられないから)
悔やむ気持ちは、もうない。
諦めてしまった。
彼の瞳に映る事。
彼の手を引く事。
彼と道を歩む事。
そんな自分に、許される筈はないのだ。
どれ程切望し絶望し熱望しても。
(―――あぁ、だから)
「愛して、なんて、言えない」
沙漠の砂が、夜露を求めても不可能なように。
20090905
〈旅人は蜃気楼のオアシスに恋をした。〉